《転生およそ114日目・昼前》
十五万APの戦車は、目録の中で目を覚ました。
【主力戦車(M1A2):150,000AP】
青白い枠の中で、低い車体と長い砲身が斜めを向いている。|履帯《りたい》の上へ砲塔を載せ、正面には厚い装甲。百二十ミリ砲と重機関銃。夜でも敵を捉える目。
これが走れば、採石道で狼型二十体に囲まれた時の戦い方は変わる。M240を荷台へ据え、逃げる七体を見送りながら三十人を守った火力より、さらに先がある。
指を動かすと、次の値札が開いた。
【戦車回収車(M88):100,000AP】
【架橋戦車(AVLB):120,000AP】
【155mm牽引|榴弾砲《りゅうだんほう》:40,000AP】
【120mm戦車砲弾:200AP/発】
【現在残高:12,725AP】
本体だけでも、今の残高の十倍を超える。しかも、買った瞬間に戦えるわけではない。
乗員は四人。砲弾、燃料、整備場所、歩兵の護衛。動けなくなった時に引く車。通れる道と橋。そして、誰の命令で、何へ砲を向けるのか。
さっき開いた二トンまでの共同道へ、六十トンを超える車体は載せられない。
「旦那。さっきから、何を見とる」
ガルムには目録が見えない。俺は青白い表示を閉じ、|道路方《どうろかた》が使った目盛り縄を取った。
「走りながら撃つ、鉄の城です」
「城が走るのか」
「はい。だから、城が通れる地面が要ります」
仮|暗渠《あんきょ》を避けた硬地へ、縄を伸ばす。俺の単位で砲身を含めておよそ十メートル、幅は三・七メートルほど。道路方の書記が杭を持ち、俺が示す位置へ一本ずつ打った。
縄で囲まれた長方形は、さっき麦八袋を運んだ荷車をすっぽり隠した。それでも、これはまっすぐ止まった時の大きさにすぎない。
「旋回するなら、外側をもっと空けます」
俺が別の縄を弧にすると、ミアがその内側を歩いた。途中で立ち止まり、左右の杭を見比べる。
「たいちょう。これ、まがれるところ、ある?」
「今は、ありません」
正直に答えた。
道路方の男が、仮暗渠の再開札を縄の横へ置く。
「この車が、今の道の三十台ぶん以上の重さなら、通行印は出せません。許可札を三十枚重ねても、地面は三十倍にはならない」
「敵へ着く前に、味方の橋を食う兵器か」
ガルムは縄の端を靴で押さえた。
「前へ出せても、戻せんのでは捨て駒じゃの」
「だから、戻す車も棚にあります」
「その車がまた、道を食う」
「はい」
笑うしかなかった。
戦車を買えない理由を数えるのではない。初陣までに埋める欄を数える。
俺は道路方の|蝋板《ろうばん》へ、八つの枠を引いた。
任務。乗員。道と橋。燃料と砲弾。回収。整備。同行する歩兵。発砲を命じる権限。
どれも、まだ空欄だ。
「この条件板は、商会の道を作る札ではありません」
道路方の男が言う。
「重い車が通れる共同の道を検めるための板です。商会が車を持っても、通行権まで持つことにはならない」
「それでお願いします。最初の欄は、道を造ることではなく、地面を測ることからです」
俺は目録を開き直した。
「戦車より先に、地面を測ります」
麦を積む次の荷車は、|第三荘倉《だいさんしょうそう》前で待っている。初便八袋を通した路面を一晩置き、翌朝の沈みを測るまでは、追加の積載車を出さないと道路方が決めていた。
◇
午後、共同道の硬地へ人と馬の入らない円を取った。
|荘代《しょうだい》と道路方、それに調査線の土地を持つ二人が、日のある間だけ上から見ることへ印を置く。見ただけで土地の境も工事権も変えない。地上へ入る時は、改めて持ち主の札を取る。
候補線の白印は、公道の道境と、所有者が立ち会った草地の境界杭へ一つずつ結んだ。二点の間を空から見るだけで、草地の中へはまだ杭を打たない。
発電機を置く登録補給地点も、砕石の締まった場所へ決めた。排気は天幕と馬から風下へ向ける。
青白い目録へ、購入欄を並べた。
【偵察用小型機(市販級クアッド・熱線カメラ付):-300AP】
【予備電池×4:-80AP】
【充電ステーション(10機同時・発電機接続):-400AP】
【操縦訓練用シミュレータ一式:-500AP】
【発電機セット(村落用):-1,000AP】
【合計:-2,280AP】
【現在残高:10,445AP】
十秒後、硬地へ発電機とケーブル、投光器二基、二十リットル缶が現れた。その隣には充電台と訓練機材の箱。俺の足元には、黒い携行箱が一つ届く。
二十リットル缶は、排気と乾いた草から離し、|土嚢《どのう》の向こうへ移した。砂|桶《おけ》も置く。電気を作る場所で、火まで作るわけにはいかない。
蓋を開ける。
折り畳まれた四本の腕。先端の羽。腹には小さなカメラ。狼型を倒す銃も、荷を持ち上げる爪もない。
空から地面を見るための目だった。
「これが、さっきの城を走らせるのか」
ガルムが片眉を上げる。
「道を間違えて造るのを、一度減らします」
「一度か」
「森の下も、土の中も見えません。これだけで決めれば、別の間違いをします」
機体付属の一本と予備四本、合計五本の電池へ番号札を付けた。充電台、発電機、訓練機材にも、商会所有と道路調査用の札を分けて掛ける。
発電機の始業点検をして、排気側をもう一度空ける。機体の羽を回す前に、まず訓練画面を起動した。
充電台へ電気が来ている表示も確かめる。五本の電池はまだ載せず、接続試験だけで外した。
|操縦桿《そうじゅうかん》を倒すと、画面の中の機体が浮く。
最初の曲がりで、俺は速度を残しすぎた。仮想の木へ機体が触れ、画面が赤くなる。
「落ちたの」
ミアの耳が、画面へ向いた。
「練習の中で、です」
「ほんもの、こわれない?」
「だから、先にこれをやります」
ガルムが腕を組む。
「鉄の城より先に、空の虫を殺したの」
「本物でやるより安いです」
値段は言わない。俺が仕入れに使うAPは、まだ三人にも見せていない。
道路方は笑わず、訓練札へ線を引いた。
「浮かす者、地上を見る者、時刻と場所を書く者、落ちた時に拾いに行く者。四つが決まるまで、実機は飛ばしません」
操縦は俺。地上の音と人馬を見るのはミア。飛行時刻と画面を写すのは道路方の書記。回収と安全線はガルム。
誰かが欠ければ、その日は飛ばさない。
日が傾くまでに、仮想の離陸と着陸を三度ずつ繰り返した。ガルムも操縦桿を握ったが、二度目の着陸で機体を横へ流した。
「風は見えんの」
「布は見えます」
翌朝の離着陸点へ、細い風見布を四本立てた。
買ったのは機械一つではない。飛ばす人、止める人、電気を作る物、失敗しても壊れない練習までを、一つの班にした。
◇
《転生およそ115日目・朝》
雨はなく、四本の風見布は同じ向きへ弱く流れていた。
発電機の燃料残量を見てから、始業点検をする。自動で補給される機械ではない。使った分は、人が缶を運んで戻さなければ次は飛ばない。
機体の腕を開き、羽の傷、電池番号、カメラ、操縦画面を確かめる。昨日使わなかった機体付属の電池を一つ装着した。予備四本は番号箱のまま、施錠天幕に残す。
離着陸線から人を下げ、馬はさらに遠くへ移した。道路方の書記が砂時計を返す。
「調査飛行、一回。共同道と印のある土地の上だけ。見通しを失う前に戻す」
「了解」
四つの羽が回った。
高い唸りに、ミアの耳が伏せる。馬が首を振り、護衛が|手綱《たづな》を短くした。
機体が土から離れる。
人足の声が一瞬止まった。
膝の高さ。俺の肩。仮設暗渠の上より高く。黒い機体は見えない柱を登るように浮き、朝日に小さな影を落とした。
「おおきい、はち」
ミアが言った。
「刺されるなよ」
ガルムは空ではなく、落下線の外へ人が出ていないかを見ている。
操縦画面には、俺たちの頭が映った。
少し上げる。
三日かけて測り、掘り、埋め、麦車を通した三十メートルが、画面の中では指一本ほどになる。仮暗渠の上を走る二本の|轍《わだち》、旧採土場への行き止まり、戻した冬畑の表土まで、一枚に収まった。
石工が、画面と足元を見比べる。
「あの穴が、もう見えん」
「埋まったからではありません。小さくなっただけです」
空から見えなくなった危険は、なくなった危険ではない。道路方の書記は、仮暗渠の位置を画面の写しへ先に書き込んだ。
さらに高度を取ると、第三荘倉の屋根、共同道、北街道へ続く分岐が同じ画面へ入る。
地上では畑と草地に遮られていた線が、空からはつながって見えた。
「二本の白印を結ぶ線へ向けます」
戦車用ではない。将来、重い車が北街道から工事地へ入るなら、どこを調べるか。その最初の候補線だ。
画面上では、草地を斜めに抜ける直線が最も短い。大きな木も家も避けられ、今の仮暗渠を渡らずに済む。
道路方の書記が、その線を紙へ写し始める。
林際へ近づいたところで、画面が斜めに揺れた。離着陸点の風見布は弱いままなのに、木の上だけを横風が抜けている。
「境へ寄るぞ、旦那」
ガルムの声と同時に、道路方が赤布を上げた。訓練画面で木へ触れた時と同じ角度だ。
俺は前進を止め、機体を白印側へ戻す。高度を保ったまま、林から距離を取った。
地上の風が弱くても、上の風まで弱いとは限らない。見通しがあっても、飛べる線とは限らなかった。
「温度の画面へ替えます」
色が変わった。
畑はまだらに明るく、草地は暗い。その中を、さらに色の違う帯が弧を描いていた。
二本の白印を結ぶ直線を、横から切っている。
「水ですか」
道路方の男が|訊《き》く。
「温度が違うことしか、まだ分かりません。湿った土かもしれない。草の種類かもしれない」
高度を下げ、帯の両端が分かる範囲をゆっくりなぞる。地表で見える水路とはつながって見えない。けれど、弧は一か所だけで消えず、林の手前から低い草地を回り、古い土手の陰へ続いていた。
画面だけなら、真っすぐな道を少し曲げれば済む。
草地の持ち主が、画面の端を指した。
「空からでは、うちと隣の境石が消えます」
「だから、これを境界図にはしません」
道路方の書記は、紙へ土地札の境を重ねた。上から一枚に見える草地も、持ち主と使い方までは一枚ではない。
水路番が画面と地面を交互に見る。
「祖父から、大水の年だけ昔の川筋が戻る、と聞いたことがあります。場所までは、誰も札にしていません」
昔話は、測量結果ではない。
空からの色も、昔の川筋の話も、それだけでは道を止める証明にならない。だが、六十トンを超える車を先に載せて確かめる場所でもない。
「戻します」
機体を旋回させる。残りを使い切らず、同じ離着陸線へ下ろした。
羽が止まってから道路方が近づき、機体付属電池へ〈一回使用・冷却〉の札を付けた。予備四本は未使用。機体の腕とカメラに傷はない。
画面の写しと飛行時刻は、重車両回廊の調査|原簿《げんぼ》へ|綴《と》じる。
唸りが消えてから、ミアは共同道の縁を歩いた。弧の端が最も近づいて見えた場所で止まり、地面へ片耳を向ける。
「たいちょう。みず、いる。あさいのと、ちがう」
方向も深さも、まだ分からない。空の色と地面の音が、同じ場所へ疑問を置いただけだった。
着陸後、土地の持ち主二人は、候補線の白印を回収し、赤杭と保留札を置くためだけの一回立入へ、別の印を置いた。試掘、測り棒、工事は含めない。
それから俺たちは、真っすぐな候補線の白印を外した。
弧の両側へ赤い杭を打つ。
「この間は、地上で水と土を検めるまで工事線にしない」
道路方の男が札へ書き、荘代と土地の持ち主が印を置いた。旧い川筋かどうかは未確定。赤杭の内側へ調査で入り、試掘するには、次の札が要る。
俺は八つの枠を引いた条件板へ戻った。
道と橋。その欄へ、〈空からの調査開始〉とだけ書く。
まだ、道ができた印ではない。
だが、悪い直線を一本捨てた。
目録には、残高内で買える一万APの土工機械と、一万APの測量機材が残っている。どちらも、あの弧の正体を知らないまま置けば、地面へ沈む高い買い物になる。
戦車より先に、地面。
地面より先に、測る。
戦車への道で最初に決まったのは、通る線ではなかった。
通してはいけないかもしれない線だった。
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※ここから下は「あとがき」欄に貼る部分。
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【第31話 収支(AP)】
期首 12,725
収入 0
支出 2,280
期末 10,445
累計 100,315/システムLv4
【第31話 現地通貨】
期首 自由金 銀貨26枚+銅貨12枚
収入 0
支出 0
期末 自由金 銀貨26枚+銅貨12枚

