《転生およそ115日目・昼過ぎ》
小型ドーザーを買えば、残るのは二千八百四十五AP。
逃げた|斥候《せっこう》は五体。助かった十二人のうち一人は、まだ水|椀《わん》を両手で持てなかった。
襲撃の前なら、道を通すための一万APは高いと思ったはずだ。今は、そのあと何かが戻ってきた時、買い足せる余地が消える方が怖い。
だから、まだ目録は閉じていた。
旧堤防の上では、ガルムが護衛を二組に分けていた。一組は林際を見る。もう一組は、作業班が退く中央の切れ目から離れない。
「死体が七つあっても、森へ帰った足は五つじゃ。戻らん証にはならん」
追わない。人も重機も、見張りの外へ出さない。
ミアは小型機の画面ではなく、北の木々へ耳を向けていた。機体は施錠天幕に収めたままだ。
「ミア。森で音が変わったら、俺より先に止めてくれ」
「どーざーも?」
「全部だ。機械に聞こえない音は、お前の持ち場だ」
灰色の耳が一度だけ動いた。
「わかった。とめる」
穴の開いた採土籠は、投槍が刺さった場所に残っていた。負い紐を切られた人足が近づき、震える指で柄を抜こうとする。
ガルムが柄を踏んで止めた。
「道具を助けに戻るなと言うたばかりじゃ」
「でも、これは借り物で」
「なら、持ち主と損を数えてから返せ。命で弁償するな」
人足は籠から手を離した。それでも土手の上から下りず、白い印の先を見た。
「明日、あの印の内側だけなら、戻ります。逃げる場所が見えるなら」
勇気が戻ったのではない。怖いまま、条件を選び直したのだ。
俺たちは十二人をその場で働かせなかった。水と食事を回し、帰る者には護衛を付けた。残った|荘代《しょうだい》、水路番、土地持ち二人、石工、道路方と、白印から白印まで歩いた。
高地側の線は、旧河道を横切る直線より長い。けれど足元には角のある砂利が詰まり、靴底の下で逃げない。
問題は、堤の肩から張り出した根と、崩れた|法面《のりめん》だった。
低い枝を避ければ荷車が外へ寄る。外へ寄れば、崩れた土の上へ片輪が乗る。さらに先には、荷車三台ほどの平場があるが、中央へ浅い水跡が走っていた。
「ここを作業台にしたい」
俺が言うと、牧草地の女は水跡の先へ歩いた。
「溝を切れば、うちの草地へ出ます」
「流しません。出口を決めるまで刃は入れない」
「昨日も、道を決める話ではないと言いましたね」
「今日決めたいのは、試す一区間だけです」
道路方の男が白縄を置いた。旧堤防の始まりから平場の奥まで、俺の単位ならおよそ百二十メートル。幅は荷車一台が通り、片側へ人が退避できる程度で、広くても四メートルほどだ。
「この縄の内側で、小さな根と崩土を動かす。表土、石、木は混ぜない。土は風倒木の跡へ仮置きする。明日の夕方まで」
男はもう一本の札を上げた。
「これは道路の札ではない。通行権も、土地の移転も生まない。第一作業区間を試すための工事同意だ」
牧草地の女は、まだ印を押さなかった。
水路番が、草に半分埋もれた石を杖でなぞった。等間隔に並ぶ石は林の手前で曲がり、低い境界溝へ続いている。
「昔の大水を逃がした溝です。今は土で浅くなっていますが、向こうの石口は生きています」
「そこまで水を渡せますか」
「仮の浅溝なら。ただし、堤の上で受けてから落とす。平場の真ん中へ走らせたら、せっかくの硬い土を水で割ります」
土地持ち二人と水路番が、排水の出口を歩いて確かめた。草地へ出ない。境界を越えない。石口を塞ぐ量が来たら工事を止める。
女は、作業線、土の仮置場、古い排水口の三つへ別々に印を置いた。
「明日の夕方、ここで返してください。道にする話は、その後です」
「分かりました」
これで、刃を下ろせる。
だが、見張りと退路を夜のうちに置き直してからだ。
◇
《転生およそ116日目・朝》
夜の見張りに、オークの再接近はなかった。
森側に護衛二人。旧堤防の中央の切れ目に二人。ガルムは退避列の最後を取り、ミアには赤布とは別の停止札を持たせた。
昨日の作業班から戻った者だけが、白縄の外に並んでいる。籠の人足もいた。新しい負い紐は付けず、穴の開いた籠には損害確認の札が下がったままだ。
道路方の合図役が、白旗と赤旗を両手に持つ。
「白で前。赤で即停止。声が聞こえなくても旗を優先。ミアの停止札が上がった時も同じだ」
俺は全員の位置を見た。白縄の中に人はいない。馬は林の反対側。退避路に道具もない。
昨日、小型機と発電機を収めた施錠天幕は、旧堤防の硬い始点にある。その隣が第三荘の登録補給地点だ。道路方と土地持ちが立ち会い、納品に使う範囲だけを確認した。
M4と百五十四発は、旧堤防の護衛置場へ薬室を空にし、弾倉を外した状態で固定した。指定した護衛一人が見張り、俺は重機の運転中に触らない。
そこで目録を開く。
【建設重機・用途別仕様】
【選択:小型ドーザー】
【価格:10,000AP】
【納品先:第三荘登録補給地点】
【購入しますか?】
残高は十二万ではない。累計でレベルが上がっても、使えるのは一万二千八百四十五だけだ。
「購入する」
【10,000APを消費しました】
【現在残高:2,845AP】
【累計獲得:102,715AP/システムLv4】
数字が減っただけなのに、喉の奥が乾いた。
同じ値段の機械を、もう一台は買えない。M2も追加の測量機材も、棚に値札があるだけだ。
二千八百四十五は余りではない。誰かが重傷を負い、燃料が切れ、退路で弾が要る時に、順番を付けて使う最後の幅だ。道へ一万を置いた以上、今日は一発も、一品も、ついでには買えない。
『購入品の燃料は満量です。以後の補給は通常規則に従います』
「他は買わない。今日の地面だけで使う」
アルマへの返事は、自分の手を止めないために声へ出した。
十秒ほどで、白縄の手前に黒と黄色の機体が形を取った。
十トン級ショベルより低い。だが左右の|履帯《りたい》と、前に構えた|排土板《はいどばん》は、人の鍬が一日かけて崩す土を一度に受け止められる幅がある。
人足の一人が半歩下がった。石工は機械ではなく、履帯の下の砂利を見ている。
「驚くのは白縄の外で頼む」
ガルムが言った。
「あれが動く時、近づいてよい者は一人もおらん」
俺は一周して漏れと傷を見てから、運転席へ上がった。計器を確かめ、エンジンを始動する。
低い振動が、旧堤防の砂利を足の裏から揺らした。
白旗。
排土板を地面へ近づける。
刃の下で、小石が先に鳴った。次に湿った表土が薄く巻かれ、低い波になって前へ進む。履帯は左右で少しずつ地面を噛み、人足が鍬で一日かけて動かす土を、機体の幅で押し揃えた。
速い。
速いからこそ、白縄の外へ土を一度押し出せば、人の手で戻すより先に境界を壊す。俺は排土板の端と白縄を交互に見た。
合図役の白旗が止まる。前へ振られている時だけ進む。道路方の男は機械を見上げず、刃先と土地持ちの印の間を歩いていた。
最初に押したのは、敵が伏せられた低い藪だった。刃で根こそぎえぐらず、地上の枝と腐葉土だけを白縄の内側へ寄せる。全幅を舗装するのではない。荷車の車輪筋と、肩が崩れた支障部だけを整える。人が安全距離から枝を分け、太い根へ赤い布を結んだ。
残す根。斧で切る根。十トン級ショベルで後から扱う根。
小型ドーザーは、大木を魔法のように抜く機械ではない。刃へ荷重が急に乗れば止め、露出した細根だけを人の斧で切ってから、崩れた土を薄く押す。
外肩へ落ちかけていた土が、少しずつ堤の内側へ戻った。石工が拳ほどの石を拾い、使える山と、土へ戻さない山へ分ける。
三度目の押しで、刃の右から黒い水が走った。
赤旗。
足を離し、刃を下ろす。機体が止まる。
「水!」
排土板を接地し、駐車ブレーキと操作ロックを掛け、エンジンを切る。
水路番が白縄の外から入った。護衛と合図役が停止を確かめてからだ。
根の裏に溜まっていた水が、剥いだ表土の溝を伝い、作業台にする平場へ向かっている。このまま押せば、硬い砂利の上へ泥を広げる。
「刃で塞ぎますか」
「塞げば次の緩みで一気に出ます。上で受けて、昨日の石口へ逃がします」
水路番は、杖で浅い線を引いた。土地持ちの女が、その先が自分の草地へ落ちないことを確かめる。
「ここまでなら、昨日の印の内側です」
俺は機体へ戻った。
排土板で表土を横へ薄く寄せ、水路番の線の外側へ低い縁を作る。溝そのものは人の鍬が仕上げた。水は平場を横切らず、旧堤防の上で受けられ、並んだ石の口へ細く流れた。
石口の先で、境界溝の水面が少し上がる。
「増え方、止まりました」
水路番が言った。
道路方の赤旗は下がった。
「白。作業再開」
機械の速さだけなら、止まらず押した方が早い。
だが、それでは地面を動かしたのではない。水の壊し方を変えただけだ。
◇
昼を過ぎる頃、荷車の車輪筋から低い枝と崩土が消えた。
表土は表土、石は石、切った根は根で置く。風倒木の跡へ仮置きした土には土地持ちの札が付き、勝手な捨場にはしない。
朝は機体から距離を取っていた人足も、エンジンを切るたびに分別山へ近づいた。刃が作った山を崩すのではなく、混じった枝一本、石一個を別の場所へ移す。その小さな手戻りが、次に押す土を軽くした。
「鉄の板が全部決めると思っていました」
穴の開いた籠の持ち主が言った。
「決めるのは印と旗だ。板は、決めた場所まで押すだけだ」
昨日、人を逃がした順番と同じだった。どれほど速い道具でも、先に退路と止め方を決めなければ使えない。
平場では、石工が選んだ角のある石を荷車が運んだ。白旗で一台ずつ入り、荷を下ろし、同じ線を戻る。ドーザーが石を薄く広げ、人足が木製の突き固め具と道路方の手引きローラーで締める。履帯は最後に一度通し、不陸が残る場所だけを確かめた。
広さは、十トン級ショベルが車体を置き、周囲へ人を入れずに腕を振れる程度。道ではなく、次の工事を始めるための硬地作業台だ。
道路方が測り棒を押す。外肩は止まり、中央も朝より深く入らない。仮排水には濁りがあるが、平場へ戻る水はなかった。
「空荷車を通す」
合図役が言った。
昨日、槍に籠を貫かれた人足が御者台の横を歩いた。馬を急がせず、轍を外へ寄せない。
車輪は最初の根跡を越え、崩れていた肩を通り、作業台まで入った。そこで向きを変え、同じ線を戻ってくる。
歓声は上がらなかった。
御者が馬を止め、轍へ膝をついた。石工と道路方も、車輪の跡へ測り棒を当てる。
「水は上がっていない」
「肩も割れていません」
それを確かめてから、二台目の荷車へ選別した石を積んだ。
積載車も作業台へ着いた。
だが、今日通したい一番重いものは、まだ格納庫の中だ。
ドーザーを作業台の端で止める。刃を地面へ下ろし、エンジンを切った。
俺が運転席から降りなければ、次の機械は動かせない。
登録補給地点の硬地側を指定し、格納庫から十トン級ショベルを実体化する。既存の総重量二トン以下の仮暗渠も、八メートルの軟弱帯も踏んでいない。
ショベルのエンジンを始動し、今できた高地側の線へ履帯を載せた。
「白。歩く速さで」
合図役の旗に従う。
操縦席から見える道幅は、ドーザーより狭く感じた。左に堤の肩、右に切り残した根。履帯を中央へ保ち、荷車が通った線をゆっくり進む。
仮排水の上手で、水路番が流れを見ている。
ミアは、こちらを見ていなかった。耳を森へ向け、停止札を胸の前に持っている。
ガルムは作業台ではなく、退避路の切れ目に立っていた。
十トン級の機体が、最初の百二十メートルを通り切った。
作業台の中央で旋回はしない。車体を止め、腕だけを畳んで接地させる。
道路方と石工が、履帯の跡を始点まで歩いて戻った。根跡、外肩、排水の横。沈み込みが増えた場所へ白い小杭を置くが、連続した割れも、水の噴き上がりもない。
「第一作業区間、十トン級機と積載荷車の試験通過」
道路方の男は原簿へ書いた。
「一般通行は不可。恒久路線でもない。雨の後は、もう一度測る」
完成した道ではない。
それでも、昨日は白い印しかなかった地面に、荷車と十トン級ショベルが立っている。
小型ドーザーを買ったことにも、一区間を試したことにも、新しいAP表示は出なかった。人と荷が繰り返し通れる道は、まだ完成していない。
残高は二千八百四十五APのままだ。
牧草地の女は、作業線の端と仮置場と排水口を一つずつ確かめた。道路方は、硬地作業台への駐機だけを翌朝まで認める別札を出した。二台は動かさず、操作を封じ、領家護衛四人が二人ずつ交替で警備する。
女は工事同意の返却欄と、夜間駐機札へ別々に印を押した。
「土を動かす札は、今日で返します。駐機は明日の朝まで。その先は、まだ私の土地です」
「はい。次の区間は、次の同意を取ります」
女は硬地作業台の二台を見上げた。
「一人で、両方を動かすのですか」
動かせる。
ただし、片方を止めている間だけだ。
路線全体の水を逃がす仮排水を先へ延ばすか。人が泊まる前に、飲み水を探す二本目の試し掘りをするか。
小型ドーザーと十トン級ショベル。運転席は二つある。
運転できる人間は、まだ俺一人だった。
次に空けるのは、運転席だ。
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※ここから下は「あとがき」欄に貼る部分。
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【第33話 収支(AP)】
期首 12,845
収入 0
支出 10,000
期末 2,845
累計 102,715/システムLv4
【第33話 現地通貨】
期首 自由金 銀貨26枚+銅貨12枚
収入 0
支出 0
期末 自由金 銀貨26枚+銅貨12枚

