《転生6〜8日目》
結局、よく眠れた者は、ほとんどいなかったらしい。
夜明け。村の三十人が広場へ集まり、その輪の外に俺とガルムが立った。乳飲み子二人は、母親の胸に抱かれている。
箱が二つ、井戸の前に並んだ。
左は、トメ婆の家から出した古い木箱。峠を越えて逃げる側。
右は、空の弾薬箱。この村で守る側だ。
二つの底には、同じ厚さの古布が敷かれていた。石の音で、どちらへ入れたか分からないようにするためだ。
「一人、ひとつだよ」
トメ婆が、小石を配って回った。
「両方の箱に手を入れて、入れたい方で石を放しな。自分で歩いて落とせる者は、子供でも一票。乳飲み子の分は、親の胸の内にしまっときな」
村人へ二十八個を配り終えると、トメ婆は俺たちの二個を手元に残し、皆を見回した。
「あたしらの村のことは、あたしらで決めるんだよ」
一人ずつ、箱の前へ進んだ。
子供の手を引く母親。腰の曲がった爺さん。人間の農夫と、獣人の狩人。どちらの箱へ手を入れても、布に落ちる音は同じだった。
|髭《ひげ》の濃い農夫が、箱の前で長く止まった。昨夜、谷の使い回しができない理由を聞いた、五人の子持ちの男だ。
末の娘が、少し離れた所から父親を見ている。農夫は一度だけ娘を振り返り、両方の箱へ拳を入れた。
布越しに、小さな音がした。
ミアの番が来た。
背伸びをし、二つの箱へ細い腕を差し入れる。灰色の耳は、真剣に伏せられていた。
石を落としたミアは、何も言わずに俺の隣へ戻った。俺も聞かなかった。
村人が投票を終えると、トメ婆は俺たちへ残り二つの石を差し出した。ガルムは首を振る。
「|儂《わし》は雇われじゃ。雇い主が守ると決めりゃ守る。走ると決めりゃ、殿を務める。それだけよ」
最後は俺だった。残った一石を受け取る。
両方の箱へ手を入れず、皆に見えるように右の箱へ石を落とす。
「昨日言った通りだ。俺の一票は、ここに置く」
トメ婆が、二つの箱をひっくり返した。
守る、十七。
逃げる、十二。
十二の石の重さを、忘れないことにした。
それでも、決は出た。
「決まったもんは、仕方ねえ」
髭の農夫が、|掠《かす》れた声で言った。
「娘らを死なせねえ算段が、こっちに変わっただけだ。何をすりゃいい、隊長」
「東に壁を足す。西へ逃げる道は残す」
俺は、二つの箱を指した。
「十七票で戦うんじゃない。二十九票で、生き残る陣地を作る」
農夫は一度だけ|頷《うなず》いた。
◇
決まったなら、仕入れだ。
【汎用機関銃M240一式:-4,000AP】
【内容:本体/三脚/予備銃身/工具/スリング】
【7.62mm弾×300発(リンク弾帯・弾薬箱入り):-900AP】
【クレイモア指向性地雷×6:-600AP】
【内容:本体6/導線/多回路起爆器1/単独起爆器1/回路試験器】
【鉄条網障害セット(展開時の障害線約300m/杭・固定具・革手袋付):-1,000AP】
【聴覚保護具(イヤーマフ)×2:-100AP】
【|土嚢《どのう》(空袋1,000枚):-200AP】
【決済完了。現在残高:220AP】
七千二十APが、二百二十になった。
買えるのは、止血材や薬だけだ。それも一つ買うたび、戦闘中に使える最後の金が減る。重傷治療の棚は、まだ灰色だった。
弾は三百発。敵は千二百。
足りない分は、開戦してから敵に払わせる。
格納庫から、M240を運び出した。
両腕へ沈む十二キロ余りの鉄。油の匂い。予備銃身と三脚を別に降ろし、本体をハンヴィーの屋根へ持ち上げる。
転生した日から空だった銃架へ、機関銃を据えた。
固定具が、硬い音を立てて噛み合う。
土嚢を配っていた手も、|鍬《くわ》を握る手も止まり、皆が屋根を見上げた。
ガルムだけが、にやりと笑った。
「ようやく、鉄の馬らしい面になったのう」
「これで一人前だ」
誰にともなく言うと、ミアが真顔でハンヴィーへ頭を下げた。
「車に礼はしなくていい」
「ずっと、からっぽだったから」
気持ちは分かる。だが、やめなさい。
俺は焼け残った戸板へ、炭で三つの印を描いた。東壁。そこへ重ねる長い火線。最後に、西門へ向かう太い矢印。
「仕事は三つだ。東で止める。火線を切らさない。西へ生きて出られるようにする」
設備の名前は並べなかった。村人に必要なのは、俺の買い物リストではなく、自分の仕事がどこへ繋がるかだ。
「まず人と持ち場を決める。その後、俺は三時間寝る」
「殊勝じゃないか」
トメ婆が鼻を鳴らした。
「偵察と戦闘で空になった頭で、三日分の決裁はしない」
寝ている間も、東西の見張りは減らさない。村人も班ごとに休ませる。人手を使い切る計画は、計画とは呼ばない。
◇
三時間後。俺はヤンをハンヴィーの脇へ呼んだ。
「この銃の隣を、あんたに頼みたい。弾帯を送る手と、俺の代わりの目だ」
「おれが、雷の道具に触っていいのか」
「触るだけじゃない」
視界の中で、運用員の項目を開く。
【運用員登録を申請します:対象=ヤン】
【対象者の同意が必要です】
「俺の仕入れ先へ、あんたの名を届ける。俺から預けた武器で倒した分は、半分が次の弾代として俺の帳簿へ戻る」
「登録しねえと、撃てねえのか」
「引き金なら誰でも引ける。これは、そういう話じゃない」
ヤンの目を見る。
「俺があんたに、この銃と、俺の命を預けるという印だ。受けるか」
ヤンは黙って、屋根のM240を見上げた。次に、東壁と麦蔵、村人たちを順に見た。
「あずかる。——隊長の命と、村と、両方だ」
【同意を確認。運用員登録:完了】
午後は、扱い方を身体へ入れる時間にした。
弾帯の送り方。送弾口へ指を入れないこと。詰まりを直す手順。過熱した銃身へ素手で触れず、把手ごと交換すること。
実弾は十発だけ使った。
東の土手を背にした標的へ、五発ずつ二度。短い連射が車体を震わせ、黄銅色の|薬莢《やっきょう》が屋根から側板へ跳ねた。M9とは、音の太さも、胸へ返る圧も違う。
撃ち終えたヤンは、イヤーマフを外して自分の両手を見た。
「……とんでもねえものを、あずかった」
「そうだ。だから、同意が要る」
残る7.62mm弾は、二百九十発。
壁の端にいたガルムが、試射の最中に何か叫んだらしい。俺にも、イヤーマフを着けたヤンにも、一言も届かなかった。
「あの雷は、敵だけでなく、味方の声まで食うぞ」
十発で得た一番高い教訓だった。
銃身交換は、冷えたまま繰り返した。熱いと仮定し、手袋と把手だけを使う。
九秒。八秒。七秒。
「いい。火線が死ぬ時間を、七秒まで縮められた」
「なら、六秒にする」
ヤンは、弓の弦を張り直すときと同じ顔で、新しい手順を覚えていった。
髭の農夫にも、空の弾帯を使って給弾と停止の手順を覚えさせた。ヤンが倒れたとき、代わりが一人もいなければ、その瞬間に銃も死ぬ。
「おれが、これをか」
「五分でいい。次の人間が来るまで生かせ」
「縁起でもねえことを、さらっと言いやがる」
青い顔のままでも、農夫の手は二度目には迷わなかった。
日が落ちる前、足の速い若い衆を一人、西の街道へ出した。背には村の保存食を十日分。MREには手をつけていない。
「援軍は間に合わん」
ガルムが、若者の背中を見送った。
「それでも氾濫の報せは、領主へ届ける。村が残っても、残らんでもじゃ」
「掛け金は、一人の足と十日分の飯か」
「戦場の保険としちゃ安いもんよ」
◇
二日目。村は、朝から土の匂いに包まれた。
東壁の内側に作ってあった、梁と石の警報障害を解く。石は封鎖済みの東作業口の控えへ回し、梁は鉄線の杭と物見台へ使う。
最初の袋に、口まで土を詰めた。
「詰めすぎだ、隊長」
髭の農夫が袋を横へ倒し、口を開けた。土を三分の一ほど戻してから、平たく踏む。
「麦を運ぶなら満杯でいい。壁にする袋は、腹を残さねえと隣と噛まん」
積んでみると、その通りだった。俺の袋は丸く転がり、農夫の袋は下の二つへ沈んで動かない。
「採用」
「何がだ」
「あんたを土嚢班の責任者にする」
「最初から、そのつもりで口を出した」
それから農夫は、誰より多くの土嚢を積んだ。
土は、東の畑から取らなかった。接近路に穴を掘れば敵の足場になり、守る作物まで自分たちで潰す。
壁内の排水溝を|浚《さら》い、焼けた家の基礎と崩れた|竈《かまど》の土を崩す。村の中を片づけるほど、守りが重くなった。
袋を詰める組。口を縛る組。担ぐ組。積む組。腕が鈍る前に持ち場を回し、見張りは作業へ入れない。
歩ける子供は袋の口を持ち、老人は縄を切り揃えた。乳飲み子は母親の背で眠っている。働ける者には仕事があったが、同じ仕事である必要はなかった。
千枚の袋で、東壁八十メートルを新しい壁にはできない。守る場所を選んだ。
梁と石で閉じてある東作業口には、内側から厚く控えを当てる。ハンヴィーを置く中央には、壁上の射手と銃座を守る高さまで積む。残りを、壁の弱い継ぎ目、広場の第二線、発電機の囲いへ回した。
予備の袋も残す。壊れてから塞ぐ分まで使い切れば、最初の壁が最後の壁になる。
ハンヴィーは車首を西へ向け、封鎖した東作業口の内側へ後部を寄せた。屋根のM240だけを東へ回し、車体と射手の下半身は石壁と地上の土嚢に隠す。
人の退路を塞がず、必要なら荷車の手前までまっすぐ下げられる向きだ。
横には、梁と板で車体から独立したヤンの足場を組んだ。銃座と同じ高さから弾帯を送れる。予備三脚は、車が動かなくなったときのため、壁裏の別位置へ据えた。
銃架の左右には白い印をつけた。銃口が印の外へ向けば、壁上の味方を撃つ。見えない決まりより、止める場所が見える方がいい。
銃座の後ろには、再利用した梁で低い物見台を立てた。ミアの持ち場だ。
左右一対の白旗を渡す。敵が右へ寄れば右、左へ流れれば左。退避後も観測を続けられるよう、同じ旗を持って石蔵の屋根へ移る道も決めた。
壁から二十メートルの線を最内列にし、そこから東へ間を空けて鉄条網を三列に張った。展開時約三百メートル分の線で東正面を覆い、余った端は外壁へ折り込む。南側は、水口へ続く細道まで|棘《とげ》を返した。
敷く線を選んだのは、ガルムだった。
「昔、この畑へ水が出たときも、低い所をこう流れた。群れも同じじゃ。押された奴は、楽な方へ寄る」
水の道は、群れの道だ。
「壁に近すぎんか」
ガルムが、鉄の棘と石壁の間を目で測った。
「もっと先で止めた方が、あの雷で長く削れよう」
「弾は二百九十発しかない。遠くで止めても、殺す道具が足りない」
壁の上を指す。槍、鍬、石を詰めた籠。
「ここなら棘が止め、地雷が折り、機関銃が削る。抜けた奴へ、村の武器が全部届く」
「押し切られたら」
「西へ五十歩下がる」
広場の入口へ、壊れた荷車二台を斜めに噛ませた。一台は|轅《ながえ》が折れ、もう一台は荷台が半分焼けている。車輪は残し、荷台へ石と土嚢を積む。
空ける通路は荷車一台分。オーガ一体が、肩を擦りながら通れる幅だ。
「広けりゃ数で来る。狭すぎりゃ、通らずに荷車を壊す。通りたくなる幅を残す」
髭の農夫が、二台の角度を少し直した。
「それなら、子供らを西へ出す道も残る」
「だから、西門は塞がない」
荷車の陰には、M4と満弾倉四本を油布で包んで置く場所を決めた。機関銃を捨てて下がったとき、次の武器まで取りに戻らなくて済む。
髭の農夫と若い衆二人は、弾薬箱を運ぶ三人組にした。戦闘中、俺の近くへ届く箱をヤンの足場へ上げ、第一線を退いた後は荷車の陰へ回す。
◇
クレイモアは六基。
五基を東正面の鉄条網へ向け、一基を南の水口へ続く細道に置いた。地面へ白い石灰で立入線を引き、全員が土嚢と石壁の陰へ伏せてからでなければ起爆しない。
正面の五基は、一本ずつ導通を確かめた後、ヤンの多回路起爆器へまとめた。起爆の合図は、俺がヤンの肩を三度叩く。押したら器具を置き、五歩で給弾位置へ移る。
南の一基はガルムに預ける。
「この道具も登録しておけば、あんたが倒した分の半分が、次の弾代に戻る」
「断る」
答えが速かった。
「その鉄の|礫《つぶて》は、儂が名を売らんでも飛ぶんじゃろう」
「飛ぶ」
「なら、それでよい。それに、姿の見えん帳面へ名を渡すのは好かん。人の名を欲しがる相手に、ろくなのがおった|例《ためし》がない」
ガルムは単独起爆器を革帯へ括りつけた。
「儂は雇われよ。飯と寝床、それに雇い主が出してよい日に酒。報酬はもう決めた。儂の働きまで、お前さんの売上にするな」
それ以上は押さなかった。
夕方、初めての退避演習をした。
角笛二声。東壁の組が広場へ下がり、担架班は逆向きに壁へ走る。水桶の列まで動いたせいで、三組が荷車の細い通路へ同時に突っ込んだ。
桶が倒れ、男二人が肩をぶつけ、子供が一人、通路の真ん中で立ち尽くす。
俺は銃座から指示を叫んだ。ハンヴィーのエンジンと、耳を塞いだ者たちの間で、言葉は半分も届かなかった。本番なら、M240が残りの半分も消す。
ミアだけが俺を見ていた。
咄嗟に二枚の白旗を頭上で交差させる。壁の組が足を止め、髭の農夫が子供を抱えて通路を空けた。
「中止。最初からやり直す」
怪我は、肩を打った二人だけ。水桶が一つ空になっただけだ。
安い失敗だった。
退避中、担架班以外は東へ戻らない。水桶は壁際の窪みで待つ。両旗を交差させれば停止、左右どちらか一枚なら機関銃の火線修正。退けの合図は角笛二声。耳が利かない者は、腕を掴んで西へ引く。
子供は年上と二人一組にし、何も取りに戻らない。石蔵へ入り、さらに退くときは大人の誘導で西門を抜け、峠道の白い石へ集まる。
ミアは物見台から石蔵の屋根へ移る。旗は手放さない。
二度目の角笛が鳴った。
今度は、誰もぶつからなかった。
東壁から最後の一人が第二線へ入るまで、二分余り。速いとは言えない。だが全員が、自分の次に誰を通すか知っていた。
◇
三日目の朝。広場の空き地を、指定補給地点として登録した。
【補給地点登録:座標指定・村落中央広場】
敵性反応中は格納庫が閉じる。戦いの最中に火器本体や砲を買うなら、先に戦場側の受取口を作っておく必要があった。
補給地点の隣の地面を踏み固め、平らな一角を作った。そこを基点に、東へ百、二百、三百メートル。短い測り縄を繰り返し、赤布を巻いた杭を三本打つ。
「何を置く場所だ」
ヤンが聞いた。
「まだ買えない物だ」
視界の端には、灰色のままの棚がある。
【60mm迫撃砲……Lv3解放】
休憩の合間に灰色の取扱書を開き、赤い杭までの距離と照準の合わせ方だけ、小型の方眼手帳へ写した。
「来るかどうかも分からん援軍の寝床を、先に作るようなもんか」
ガルムが、均した地面を靴で踏んだ。
「来なければ、平らな地面が残るだけだ」
「安い掛け金じゃな」
発電機の石囲いには三方だけ土嚢を足し、排気側と上を開けた。予備の軽油二十リットルは離して封をする。
投光器は東壁の左右から斜めに交差させた。鉄条網を白く浮かせ、壁上は影に残す。照らすのは味方ではなく、敵だ。
最後に、全員でもう一度だけ演習をした。
角笛。交差する二枚の旗。腕を西へ引く。第二線。石蔵。西門。
誰も声を張り上げなかった。それでも村は、一つの身体のように動いた。投票先は、もう手の泥から見分けられない。
外壁の外に残った者がいないことを、東と南で二度ずつ確かめた。それから、六基の起爆回路を生かした。
荷車の陰には、決めておいた通りM4を置いた。油布を外し、銃口を東へ向けて木の台へ載せる。満弾倉を挿して薬室へ一発を送り、安全装置を掛けた。残る三本の満弾倉と十四発の箱は、脇で油布に包んでおく。
◇
三日目の日暮れ。
銃座から、備えを東から西へ数え直した。
三百、二百、百メートルの赤い杭。三列の鉄条網。白い立入線の向こうに伏せた五基のクレイモア。要所だけを厚くした東壁。その内側に、ハンヴィーとM240。
足元には、二百九十発。
隣にはヤンの給弾台。後ろには、ミアの物見台と白旗。南の水口にはガルム。広場の入口には二台の荷車。さらに西には、石蔵と西門がある。
南西の発電機は、土嚢の囲いの中で低く唸っていた。二基の投光器は、まだ消してある。
やれることは、やった。
それでも、やり残したことばかり思いつく。開戦前とは、そういう時間らしい。
【現在残高:220AP】
手榴弾なら七個。ゴブリンなら二十二体。この村の、今夜の運転資金だ。
『健闘を祈ります、所有者』
「祈るより、決済を速くしてくれ」
『処理速度は常に最速です』
いつも通りの声が、少しだけありがたかった。
広場では、トメ婆が|麦粥《むぎがゆ》を配っていた。干し肉が少し入っている。蔵の底から出した、とっておきだろう。
ミアはイヤーマフを首へ掛け、俺の隣で膝を抱えていた。もう一組はヤン。俺には通信ヘルメットがあり、ほかの者には羊毛を布で包んだ耳栓を渡してある。
ヤンは、何度も銃身交換の動きを指でなぞっていた。指だけの機関銃は、今夜も七秒で交換された。
「なあ、旦那」
ガルムが、酒の入っていない杯を置いた。
「儂は氾濫を二度見た。二度とも、守った側は負けた」
「景気のいい話をどうも」
「最後まで聞け。二度とも、こんな備えはなかった」
老|傭兵《ようへい》は、東壁と鉄条網を見た。
「勝ち目のない雇い主からは逃げるのが、長生きのこつじゃ。——儂はまだ、ここにおる」
そのとき、ミアの耳が立った。
首のイヤーマフを押し下げ、東へ顔を向ける。尻尾の毛が、ゆっくり逆立っていく。
「……くる」
銃座へ上がり、双眼鏡を構えた。
四百メートル先。夕陽の最後の赤を背負った低い|稜線《りょうせん》が、黒く膨らんでいた。
影。影。影。
右から左まで切れ目がない。先頭は十歩進んでは詰まり、後ろに押されてまた動く。それでも丘の輪郭そのものが、こちらへ溢れてくる。
少し遅れて、音が届いた。
一つなら聞き逃す足音が、幾百、幾千と重なり、遠い瀬のように野を満たしていく。
【広域警報:大規模生体集団を検知】
【推定数:1,200±100/先頭到達まで:約40分】
二百九十発の城壁が、千二百の足音を迎える。
「——全員、配置につけ!」
二基の投光器が、一斉に東を照らした。
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【第8話 収支(AP)】
期首 7,020
収入 0
支出 −6,800
汎用機関銃M240 一式 −4,000
7.62mm弾 300発 −900
クレイモア 6基 −600
鉄条網 障害セット約300m −1,000
イヤーマフ 2組 −100
空土嚢 1,000枚 −200
期末 220
累計 12,245/システムLv2
【主な手持ち】
7.62mm弾 290発/M4用5.56mm弾 134発/9mm弾 213発/クレイモア 6基/手榴弾 0/医療品 0/MRE 11食
※千二百体に対して、最初の弾は二百九十発。三日間で、村の手が「弾の外側」を作りました。

