第16話 三番釜は、門を通らない 転生特典は米軍払い下げ?〜弾丸1発1ポイント。ハンヴィー1台から始める異世界軍事立国、気づけばイージス艦まで揃ってました〜

《転生およそ77日目》

 百五十個作った|白鹸《しろけん》のうち、城下へ商品として持っていけるのは百二十個だった。

 盗まれたわけでも、割れたわけでもない。

 俺が、三十個を止めた。

 ◇

 五番釜が熟成棚で二十五日目を迎えた朝、|竈《かまど》部屋の長机へ五枚の布を並べた。

 同じ布から五枚を切り、|獣脂《じゅうし》とすすを等量ずつ擦り込んだ。五つの|桶《おけ》には同じ量、同じ温度の湯。各釜の検査端切れから同じ重さだけ削り、揉む回数も、すすぐ回数も揃えた。

 素肌では試さない。

 人の手は、厚さも傷も違う。ひりつかなかった一人を基準にしても、次の客まで同じとは限らない。

「ばしょ、かえる」

 女衆の視線が木札を追うのを見て、ミアが五つの札を伏せ、桶の前で順番を入れ替えた。釜番号を知らされていない女衆が、もう一度、別の布を洗う。

 結果は同じだった。

 四枚は、乾き始めても黒ずみだけが残った。残る一枚には、半月形の油染みが浮いている。

 伏せた木札を返す。

 三番。

 灰を足した女が、濡れた手を前掛けへ隠した。

 検査端切れの切断面にも、三番だけ薄く脂がにじんでいた。同じ重さの平石を同じ時間載せると、窪みもわずかに深い。泡が立たないわけでも、布がまったく洗えないわけでもない。

 ただ、他の四釜と同じ品ではなかった。

 試験販売の提出期限まで、あと十日。

 今から作り直しても、型と棚だけで二十七日かかる。

「村で使ってきた石鹸よりは、よほど汚れは落ちるよ」

 トメ婆が、三番で洗った布を光へ透かした。

「使えない品じゃない。番号を隠さず五釜とも持っていって、最後は組合の職人に決めさせる手もある」

 村で初めて決めた検査だけを理由に、女衆六人の一日分の仕事と、一釜三十個を落とす。それも、俺一人の独善になり得る。

「最後の判定は組合に頼む。だが、作った側が最初の判定を捨てるわけにはいかない。三番は商品から外して、比較品だけ持っていく」

「三十個ぶん、売れた時の村の取り分も減るよ」

「減る。女衆へ払った銀貨は返してもらわない。材料代も戻さない。損は商会の帳簿へ置く」

 売れなかった責任まで、働いた側へ押し返せば、次の釜から誰も失敗を書かなくなる。

 トメ婆は布を机へ戻した。

「なら、三番を駄目にした理由まで見つけな。捨てるだけなら、次も三十個失うよ」

 製造帳を、一番釜の|頁《ページ》から開いた。

 脂は五釜とも、最初にまとめて混ぜた同じ材料だ。重さ、温度、芋の線、比重計、試験紙、塩の量。書いた数字に、三番だけの違いはない。

 灰の欄には、どれも〈白い灰〉としか書いていなかった。

「三番の日、灰桶が途中で空になったね」

 火を見ていた女が言った。

「納屋側の竈から、朝の灰を足した。黒い炭は除いたよ」

「何を焚いた灰だい」

 トメ婆の問いに、女が竈の脇の薪を見た。

「いつもの|楢《なら》の|薪《たきぎ》が足りなくて、あの日だけ|樫《かし》を使った」

 白い灰だけを使う。そこまでは守った。

 だが、同じ白さなら同じ中身だと、また俺が決めつけた。

 別の木だから必ず失敗した、と証明できたわけではない。五釜の記録で違っていたのは、それだけだった。

 帳面の材料欄を三つに分けた。

〈灰を取った日〉

〈薪山〉

〈木の種類〉

 次からは、同じ生産分には、最初に灰を取った薪山の同じ樹種だけを使う。足りなくなれば、別の灰を混ぜず、その日の仕込みを止める。

「三番三十個、不合格。城下へ出す初荷は、一番、二番、四番、五番だけだ」

「その言葉なら、あたしも帳面へ名前を置くよ」

 トメ婆が、不合格欄へ印を付けた。

 三番から一個だけ、組合へ見せる比較品として包む。木印の〈三〉へ斜線を刻み、赤い紐で封じた。

 残る二十九個は、木印の面を削って二つに割った。番号を付け直さず、村の布と道具を洗う籠へ移す。売り物の形を残さない。

 百五十個が、百二十個になった。

 四つの籠には、番号ごとに三十個。間へ|藁《わら》を詰め、製造帳の該当頁と、村に残す同番号の保管見本を照合する。

 手押し車の端には、|火酒《ひざけ》の大瓶四本を、おが屑の箱へ入れて固定した。こちらは商品ではない。施療院で一か月、害と扱い方を見る試験品だ。

 四つの籠は荷崩れしないよう寄せ、縄で固定した。

 積荷表には、三番の欄だけが空いたまま残った。

 ◇

《転生およそ78日目》

 出発前、格納庫の事業予備から金貨を一枚だけ取り出した。

【現地貨幣を取り出しました:金貨一枚】
【格納庫保管:事業予備・金貨三枚】

 村の蔵にある二十五金十四銀にも、組合金庫の|供託《きょうたく》二十金にも触れない。これは宿代と飯、それに帰路の糧食を買うための商会の金だ。

 今回も、ガルムとミアを連れていく。ヤンには二|挺《ちょう》のM240と村を預けた。

 人目のない場所でハンヴィーを出すと、予約していた勘定が落ちた。

【車両取り出しを確認。予約済みの自動補給を実行します】
【燃料九十リットル:-45AP】【現在残高:33,280AP】

「たいちょう。さんばん、すてた?」

 後ろの席からミアが|訊《き》いた。

「村で使う。売らないだけだ」

「おかね、へる」

「そうだ」

 それ以上、安い授業料だとは言わなかった。

 三十個を失っても、期限には間に合う。だから、不合格にできた。

 だが、薬や食料で同じ判断を先送りすれば、失うのは荷だけでは済まない。

 ガルムが助手席で鼻を鳴らした。

「売る前から、自分の荷を減らす商人は珍しいの」

「知っている不良を積むよりは軽い」

「その理屈で|儂《わし》の酒まで下ろすなよ、旦那」

「酒は不良じゃなく、減耗だ」

「言葉が違うだけで、扱いが酷いわい」

 日暮れ前、いつもの林へ着く頃には、燃料計がまた二割を下回っていた。

『満タンまでの自動補給を予約しました。実行と精算は、次回の出庫時です』

 車を格納し、手押し車へ四籠と火酒の箱を載せ、小さな火を囲んで一泊する。

 積荷表の三番だけは、城下まで空欄のままだった。

 ◇

《転生およそ79日目》

 翌朝、街道へ戻る前にM4と弾倉、M9を格納した。城内へ持ち込む武器は、封紐を巻くガルムの大剣と現地の小刀だけだ。

 昼過ぎ、東門で金貨一枚を銀貨二十枚へ崩した。入市税は三人で銅貨六枚。前から持っていた十五枚から払い、残り九枚を銀貨とは別の袋へ入れる。

 衛兵は白鹸の籠と火酒の箱を改め、それぞれ組合と施療院へ運ぶ荷だと木札へ書いた。火酒には、火気厳禁の赤い印がもう一つ加わった。

 商人組合の|秤《はかり》場で、バルツァーは荷より先に番号を見た。

「一、二、四、五。三はどこへ置いてきた」

「村で弾いた」

 製造帳の原本と、組合へ残す写し、それに赤い紐で封じた三番の比較品を机へ置く。

「売らぬ品まで、門を通したのか」

「売らない理由を、売り手の言葉だけにしないためです」

 バルツァーは不合格欄を読み、次に灰の採取日と薪の種類を足した頁を確かめた。

「悪い一釜を抜いただけなら、上物だけ選んだ者と見分けがつかん」

「だから、三番も検めてください。一番から五番まで、まとめて落とす権限は組合にある」

「二十金を置いたからと、気前までよくなったつもりか」

「四釜が同じでなければ、百二十個も商品じゃない」

 老人は答えず、奥へ声を掛けた。

 現れたのは、四十前後の石鹸職人だった。名をルッツという。袖を肘まで捲り、爪の周りに落ちきらない灰色が残っている。

「白い石鹸を作ったのは、お前か」

「作ったのは村の女衆だ。俺は量って、番号を付けた」

「なら、女衆を連れてこいと言いたいところだが、今日は品を見る」

 ルッツは、こちらの検査端切れを使わなかった。

 一、二、四、五の籠へ自分で手を入れ、それぞれ別の場所から一個ずつ抜く。四個を半分に割り、片方を検査へ、残りを組合の保管見本へ回した。

 そこへ、封を切った三番を加える。

 組合書記が五つの番号を伏せ、別の印へ置き換えた。

 ルッツは先に製造帳で、四釜がそれぞれ棚で二十五日を過ぎたことを確かめた。

 同じ重りを載せ、切断面と脂の臭いを見る。削り片を同量の水へ溶かした試料にも試験紙を使ったが、強い灰汁残りを示す極端な差は出なかった。最後に、同じ油布を使って洗う。ルッツは泡の量では決めず、すすいだ布を窓辺へ並べた。

 布が乾くまで待つ間に、昼の光が床を移った。

「これだ」

 指した布には、村で見たのと同じ半月形の染みが残っていた。対応する石鹸は、重りの窪みも深い。

 書記が伏せた札を返す。

 三番。

「洗い物には使える。これだけで肌を傷めるとも、傷めないとも言わん。だが、ほかの四つと同じ品ではない」

 ルッツは残る四つの切断面を、もう一度並べた。

「この四釜は、試験枠へ通せる。気に入った、とは言っていない」

「理由を聞いても?」

「俺たちの石鹸は褐色だ。お前の白が隣に並べば、色だけでこちらが汚れて見える。白いから薬になる、病を防ぐとでも売られれば、職人は品でなく噂に負ける」

 真面目に釜を焚いてきた手も、同じ棚で比べられる。

「薬とは呼ばない。白さを効能にも使わない。獣脂と|灰汁《あく》で作った、洗い物用の白鹸だと番号札へ書く」

「なら、今日は品だけを見る。値の話は市場でだ」

 ルッツは笑わなかった。

 それでも、四枚の検査札へ職人の印を押した。

 続いてバルツァーが、組合の|天秤《てんびん》印を重ねる。

「一、二、四、五。百二十個から無作為検査四個を引き、販売可能数は百十六個。今日から三月、リヒト商会の試験販売を認める」

 背後で、ミアの尾が手押し車の板を一度叩いた。ガルムは喉の奥で笑ったが、老人の前で祝いの言葉にはしなかった。

「三番は」

「不合格見本として、帳面の写しと一緒に組合が預かる。お前が売らなかった証拠であり、次に同じ物を持ってきた時の証拠じゃ」

 初検印の日付が、許可状へ書き足された。

 四十五日の提出期限は消え、代わりに三月の試験期間が始まる。

「勘違いするな、若いの」

 バルツァーが、検印を押した|木槌《きづち》を置いた。

「今日は、売ってよいと決めただけじゃ。まだ一つも売れておらん」

「販売を許された。それだけですね」

「そうじゃ。店も値も、これから決める。まだ喜ぶところではない」

 百五十個作って、検印を通ったのは百十六個。

 減った三十四個のうち、三十個が失敗で、四個が信用の検査代だった。

 売上は、まだ銅貨一枚もない。

 四つの籠は各二十九個になった。検査札を結び直し、「折れた槍」亭の施錠荷置きへ預ける。

 宿は三人二泊で銀貨三枚。|夕餉《ゆうげ》は三人で銅貨六枚。祝いの酒は頼まなかった。

 ◇

《転生およそ80日目》

 二回目の|兵站《へいたん》講義では、まず前回の運賃比較を返した。船賃、倉賃、倉番の食費、濡れと鼠で減る分まで足せば、川船は毎回使うほど安くない。ただし、出発を一日遅らせる損がそれを上回る時には使える。

 次に、白鹸の製造帳を机へ置いた。

「五釜で百五十個作りました。運べたのは百二十。売れるのは百十六です」

「残りは、どこへ消えましたの」

 リーゼロッテの問いに、三番の不合格と組合検査の四個を答えた。

「帳面にある数と、実際に使える数は違う。次回までに、各蔵で腐った物、濡れた物、壊れた物へ線を引いてください」

 蔵を満たす報告は褒められる。使えない在庫を自分で消す報告は、責任を問われる。石盤へ書く音より先に、何人かの顔が曇った。

 散会すると、城の書記が銀貨五枚と銅貨十枚を差し出した。契約で決めた旅費と宿代だ。連れの分まで昼食も出た。

 リーゼロッテへ声を掛けかけたが、会議を待つ文官たちが彼女を囲んだ。人前で症状を口にする用件ではない。

 ◇

 |施療《せりょう》院で、火酒の箱を薬師セルマへ渡した。

 セルマは瓶の火印を確かめ、火元から最も遠い鍵棚を選んだ。

「使うのは、わたしと指名した二人だけ。傷には注がない。使った量と用途を記録し、事故があればその日に組合と領家へ届ける」

「一か月、それで頼む」

 四本が棚へ収まるのを待ってから、若い女にひと月ほどで三回、短時間の指の強張りと浅い呼吸が出たことを、名前を伏せて話した。

「痛みは。指の色と冷たさは。意識、胸、家族に同じ症状は」

「分からない」

「本人は、自分の身体をあんたが調べようとしていると、知ってるのかい」

「……知らない」

「指が強張る理由は一つじゃない。次に起きるのを待たず、まず診察を受ける気があるか本人へ訊きな」

 セルマは小さな|蝋板《ろうばん》に、確認すべき項目だけを刻んで渡した。

 施療院を出てアルマへ再照会しても、返事は変わらなかった。

『診断に使える患者情報は増えていません。次に必要なのは、本人の同意を得た問診と診察です』

 その夜、宿へ戻って二度目の夕餉を取った。三人で銅貨六枚。ミアもガルムも、施療院の問いについては何も訊かなかった。

 野帳を開き、病名を書くために空けていた行へ、別の言葉を置いた。

〈次に必要なもの——本人の同意〉

 三番釜には、不合格の線を引けた。

 彼女の名の空欄には、まだ何も書けなかった。


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【第16話 収支(AP)】
期首 33,325
収入 ±0
支出 -45
 ハンヴィー出庫時の軽油九十リットル -45
期末 33,280
累計 95,245/システムLv3

※城下手前までの走行で燃料が再び20%未満となり、帰路出庫時の自動補給が予約されました。次回出庫までAPは減りません。

【現地通貨・第80日目終了時点】
◆リヒト村
共有金 金貨25枚+銀貨14枚(変動なし)

◆村の女衆六人
初回手間賃 一人銀貨1枚、合計銀貨6枚(返還なし)

◆拓真個人の事業資金
格納庫の事業予備 金貨3枚
組合供託 金貨20枚
城下の旅費財布 銀貨22枚+銅貨7枚

※事業予備4金から1金を取り出し、東門で銀貨20枚へ両替しました。
※支出は入市税6銅、宿代2泊3銀、夕餉2回12銅です。第80日目の昼食は講義先で支給されました。
※第2回兵站講義の契約旅費・宿代として、銀貨5枚+銅貨10枚を受け取りました。
※村共有金、女衆の賃金、供託には触れていません。

【白鹸】
製造 5釜150個
村内不合格 三番釜30個
組合無作為検査・保管見本 4個
試験販売可能 116個

※三番釜は1個を組合の不合格見本として預け、残る29個は木印面を削って二つに割り、村の布・道具洗いへ回しました。商品番号の付け直しは行いません。
※第79日目が初検印日です。三か月の試験販売期間はこの日から始まり、満了は転生およそ169日目前後です。

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