第21話 逃げた一人、残った三人 転生特典は米軍払い下げ?〜弾丸1発1ポイント。ハンヴィー1台から始める異世界軍事立国、気づけばイージス艦まで揃ってました〜

《転生およそ96日目》

 ガルムの大剣が|閂《かんぬき》を断つより先に、戸の向こうの咳が一つ止まった。

「たいちょう。ひとり、いき、よわい」

「ガルム、待て。戸は指二本ぶんだけだ」

「分かっとる」

 大剣の切っ先が、閂脇の板を縦に裂いた。

 若い衛兵が長い棒を差し込み、折れた閂を押す。戸がわずかに浮いた瞬間、隙間の上から黒い煙が溢れ、下では|藁《わら》屑が中へ吸われた。

 熱気に衛兵が顔を背けた。棒の先が黒く焦げる。衛兵とガルムが棒を引き、すぐに戸を戻す。

「中へ入るな!」

 市場役の声が路地を通った。

「西の露店を畳め。見物人は城壁から離せ。|火番《ひばん》は砂と鉄板を持ってこい。水|桶《おけ》は二列だ。赤い札は延焼、白い札は人を洗う水にする!」

 命令を聞いた者が、それぞれ別の方向へ走った。

 逃げた男の背中は、もう見えない。

「にし。はしってる。まだ、きこえる」

 ミアが西の路地へ耳を向けた。

「その耳があれば、まだ追いつける」

 若い衛兵が言った。

「いまなら、まだ」

 だが、ミアは耳をすぐに板戸へ戻した。

「なか、ふたり、せき。ひとり、いき、ちいさい」

 西へ行かせれば、ミアならまだ追えるかもしれない。

 中の一人は、次の咳をしていなかった。

「中の三人を取る。西門への人相は衛兵へ任せる」

「うん」

 ミアは路地へ背を向けた。

 追える時間が、一つ消えた。

 白く濁った液は、戸の下からまだ流れている。見ただけで|灰汁《あく》だと決めることはできない。だが、手袋なしで踏んでよい物でもなかった。

 市場の井戸から水が届くまで待てない。

【飲料水二十リットル携行缶×2:-40AP】
【現在残高:32,220AP】

 二つの水缶が、俺の足元へ現れた。

「この水は人に使う。火へ運ぶな」

 市場役が白い札を一枚、缶の取っ手へ結んだ。

「聞いたな! 白札は人だ。勝手に火へ回すな!」

 火番が三人、乾いた砂の箱と、長い|鉤《かぎ》、鉄板を担いで駆けてきた。先頭の男は戸の隙間から出る煙を一度見て、屋根ではなく城壁側の板壁へ回る。

「脂の火は南の|竈《かまど》だ。人の咳は?」

 ミアが壁際を移動した。煙が流れる側へ入る前に、市場役が肩を掴んで風上へ戻す。

「ここから聞け」

「……ひとり、ここ。ふたり、むこう」

 ミアの指は、板壁の低いところで止まった。

 火番の男が板へ耳を当てる。返事はない。

「柱は切るな。この二枚だけ剥がす」

 鉤が板の合わせ目へ食い込んだ。

 俺とガルムは、|飛沫《しぶき》防護眼鏡、耐アルカリ長手袋、耐薬品前掛けの留め紐をもう一度確かめる。熱と煙を防ぐ装備ではない。板の外から腕が届くところまでしか行けない。

 火番二人が鉤を引き、ガルムが板の端だけを大剣で割る。

 一枚目が外れた。

 穴の上端から煙が溢れ、下端の砂が小屋へ吸われる。その奥で、誰かの指が動いた。

「一人いる!」

 若い衛兵が腹|這《ば》いになり、布帯を投げ入れた。

「腕へ通せ! 這えるなら、こっちへ来い!」

 黒い袖の男が、片腕だけを穴から出した。俺と衛兵で手首と帯を掴む。男の腰が板へ引っ掛かり、ガルムが穴を一枚ぶん広げた。

 男が外へ転がり出る。

「奥に……まだ、二人」

「話すな。風上へ運べ」

 火番の一人が男を抱え、市場役の白札が立つ場所へ運んだ。

 外套に白い液は付いていない。咳は続いているが、自分で息をしている。

 板戸の側で鉄板が鳴った。

 別の火番が長鉤で燃える脂桶の蓋を引き寄せ、衛兵が砂を投げている。炎が一度低くなり、また板壁を舐めた。

「戸口に、もう一人来る!」

 ミアの声に振り返る。

 板戸の隙間から、女が両肘で床を這ってきた。右の袖と前掛けが白く濡れ、手の甲が赤い。

 若い衛兵が棒へ布帯を結び、隙間から差し入れた。

「帯を掴め!」

 女の指が一度滑り、二度目で布へ絡んだ。

 戸を肩幅だけ開く。衛兵二人が帯を引き、俺は外へ出た腕を掴んだ。女の濡れた前掛けが戸口へ擦れる。

 白い液が、俺の長手袋へ跳ねた。

「閉めろ!」

 女の脚が出たところで、戸を戻す。

 俺は女を抱えず、乾いた布を身体の下へ通した。濡れた服をこちらの前掛けへ押し付けないよう、四人で持ち上げる。

「白札へ。服を切って外せ。擦るな。水を止めるな」

「目が、痛い……」

「目からだ。水を流し続けろ」

 水缶の栓が開いた。

 市場の女衆が|衝立《ついたて》代わりの布を張る。薬師見習いが濡れた袖を刃物で切り開き、別の者が上下の|瞼《まぶた》をそっと持ち上げて、細く水を流し続けた。

「残り一人!」

 俺が板壁へ戻ると、ミアは最初に外した穴から動いていた。

「たいちょう。ここじゃない。みぎ、ふたつ。した」

 咳は聞こえない。

 板越しに、硬い物を叩く音が一度だけした。

 火番の頭が壁の柱を確かめ、二枚先へ白い線を引く。

「棚が倒れた音だ。柱の間を開ける。屋根が落ちたら、全員退け」

 鉤が板を引く。

 釘が|軋《きし》み、一本が外へ飛んだ。ガルムの前掛けを|掠《かす》める。長手袋の表に筋が付いたが、破れてはいない。

「旦那。板は|儂《わし》が持つ。腕を取れ」

 二枚目の穴から、倒れた棚の脚が見えた。

 その下に、男の背中がある。

 ガルムと火番が鉤を棚へ掛ける。俺は床へ膝をつき、穴から両腕を伸ばした。男の襟は熱く、|煤《すす》と白い粉が混じっている。

「上げろ!」

 棚が指一本ぶん浮く。

 男の肩へ布帯を通し、脇の下まで送った。

「引け!」

 四人で帯を引く。

 男の腰が棚の横木に止まった。ガルムの大剣が横木を一度叩き割る。もう一度引くと、男の身体が床を滑った。

 穴から頭が出る。

 呼吸はある。だが、呼び掛けには答えない。

 火番の頭が笛を吹いた。

「全員、壁から離れろ!」

 男を布ごと引きずり、城壁側へ退く。

 直後、竈側の屋根が内側へ落ちた。

 黒い煙と火の粉が、開けた二つの穴から噴き出す。火番が乾いた砂を竈側へ投げ、鉄板を長鉤で押し込んだ。

 三人目は、こちら側にいた。

 逃げた一人の足音は、もうミアにも聞こえなかった。

 西へ走った衛兵が戻ってきた。

「荷車溜まりで見失った。西門へは届いていない。外市の小路へ抜けられた」

 ミアは何も言わず、煤の付いた男の胸を見た。

 ◇

 風上の路地には、白札を挟んで二つの場所が作られていた。

 小屋から出た者を洗う場所と、洗い終えた者を薬師へ渡す場所だ。

 一人目の男は、壁にもたれて咳をしている。二人目の女は濡れた上着を外され、肩から毛布を掛けられていた。水は右腕と手、目へ流れ続けている。

 三人目の服には、白い粉と煤が付いていた。

 粉の付いた上着は揺らさず切り外す。濡れた襟も肌から離し、男を横向きにして胸の動きを見る。

「アルマ。息は」

【生命反応を確認しました】

 浅いが、胸は動いている。

 俺の水缶二つが空になっても、洗浄は終わらなかった。市場の井戸から白札の桶が届き続ける。

 水は一度で終わらせず、痛みと赤みが残るところへ流し続けた。

 市場役は、濁った水が人の足元へ戻らないよう、砂と土で細い溝を切らせた。使った布と衣服は一か所へ集め、誰の物かを書いた札を付ける。

 火へ使う赤札の桶は、最後まで別の列を通った。

 |施療《せりょう》院から来た薬師が三人を診た。

「歩ける一人は、煙の来ない風上で休ませる。女は目と腕を洗ったまま運ぶ。寝ている男は先に担架だ。煙を吸った者は、今夜は帰すな」

 市場役が三人の腰札を門帳の写しと照合し、それぞれの名に丸を付けた。

「三人とも城内戸のある日雇いだ。施療院へ運べ」

 市場の担ぎ手が、三人を二台の手車と一床の|担架《たんか》へ分けた。

 俺とガルムは最後に互いの前掛けと手袋を水で流す。飛沫防護眼鏡の縁、紐の裏、長手袋の折り返しまで、上から下へ洗った。

 ミアの一組は白い流れへ触れていない。釘筋のあるガルムの一組には点検札を付ける。俺の一組は外面を洗い、火が消えるまで風へ吊るした。

「手は」

「無事じゃ。釘が撫でただけじゃの」

 ガルムが、釘の擦った筋を指でなぞった。

「破れとらん」

「決めるのは、洗って乾かしてからだ」

「旦那は道具にまで医者を付ける気か」

「穴が開いてからじゃ遅い」

 ガルムは何も言わず、点検袋へ手袋を戻した。

 ◇

 火が消えるころ、小会議室から領家印の捜索・保全書が届いた。衛兵の上役が読み上げ、救助のための戸破りと、これからの証拠捜しを分けて記録する。

 領家印を確認したあと、小屋へ入ったのは衛兵と市場役だった。

 救助のために外した板、切った閂、動かした棚、砂を掛けた竈。市場の書記は、誰が何のために動かしたかを|蝋板《ろうばん》へ刻む。

 完全な形で残った物は少ない。

 焦げた加工台。灰褐色の芯。白い練り物が固まった木桶。半分だけ白く塗られた石鹸。

 衛兵が一つずつ証拠札を付け、領家印で封じる。市場役は、その脇へ場所札の割り印を置いた。

 白く濁った流出液は、火の消えた場所から離れた溝の端で少量だけ採った。乾いた俺の防護具に裂けと変色がないことを確かめて着け直し、市場役の立会いで試験紙を一枚浸す。

 色は、強いアルカリ側へ変わった。

 紙が示したのは、流れた液が強い灰汁の性質を持つことだけだ。出火の順も、桶を倒した手も、色には出ない。

 試験紙と採取瓶にも、別の札が付いた。防護具はもう一度洗い、乾かす袋へ戻す。

 ◇

 夕刻、三人は施療院にいた。

 最初に出た男は、湯と薄い|粥《かゆ》を少しずつ取り、寝台で上体を起こしている。女の右腕には清潔な布が当てられ、目は覆わず、灯りを避けた寝台で薬師が見ていた。

 市場役が、セルマの許した四つの問いを蝋板へ並べた。

「逃げた男の名は」

「知りません。鍵を開けて、日当を置く人です。茶色いのへ白い物を塗れと言われました」

「白い物は、誰が作った」

「あの人が桶で持ってきました。中身は聞いていません」

「火が出た時は」

「あの人が西の小戸へ走った。棚が倒れて、灯りも落ちた。わざとかは、見ていません」

 四つ目を|訊《き》く前に、男が咳き込んだ。セルマが手を上げ、市場役は蝋板を閉じる。

 三人目の男は、呼吸が落ち着くまで横向きに寝かされていた。目を開くと、セルマの問いに自分の名を答えた。女と男の前には、水差しも食事の器も置かれていない。セルマがまだ許していなかった。

 三人とも今夜の寝床が決まり、施療院の帳面へ観察の時刻が刻まれた。

 そこで画面が開く。

【人命救助(平時)×3:+300AP】
【現在残高:32,520AP】

 火から出した時ではない。

 洗う水と、診る者と、今夜を越す場所が揃った分だった。

 三人目の男が、毛布の上で両手を握った。

「〈六〉を押したのは、俺です」

 セルマが水差しを置く。

「今、その話を取る者はここにいないよ」

「でも、あんたたちは、それを調べに」

「衛兵へ話せ。今は息をしろ」

 俺が言うと、男は目を閉じた。

 画面は、誰が木印を押したかを訊かなかった。

 三人を、三人と数えただけだった。

 ◇

 組合の帳場へ戻ると、領家印の小袋が一つ増えていた。

 呼吸が落ち着いてから男が衛兵へ示した棚の炭から、端に〈六〉を彫った木印が見つかったという。

 バルツァーと市場役は、その小袋と二枚の割り木を並べた。

「番号を押した品と、帳面に載った品を、客には見分けられん」

 バルツァーが〈六〉の写しを裏返す。

「帳面は六を弾けた。客の目には、番号しかなかった。それが最初の穴じゃ」

「停止が解ける前に売る品は、全部非正規だと触れへ足す」

「販売を再開する前に、穴を一つ塞ぐ」

 俺は長い木札を、二か所で割った。

 片端は組合帳へ。中央は、組合が公示する固定の店へ。残る端は、釜番号を刻んで籠へ結ぶ。

 店の札と籠の札は、客の前で割れ目を合わせる。組合は、店札のもう一方を帳面側と照合する。

「木札も真似されるぞ」

 市場役が言う。

「できる。だから、これで安全だとは書かない。番号一つより、偽物を作る手間が増えるだけだ」

「販売停止は」

「解かない。残りの品と売り手を確かめる方が先だ」

 バルツァーが三つの札を元の形へ戻し、二つの割れ目を確かめた。

「最低限の札じゃな」

「最低限でいい。次に破られたら、また一つ増やす」

 組合書記が、試験販売の追記欄へ再開時の規則案を刻み始めた。籠へ結んだ札は、空の見本籠から動かさない。

 その横へ、別の書付が置かれる。

「若いの。|道路方《どうろかた》からじゃ」

 第八十二日目、東街道の路肩へ残した二本の|轍《わだち》。補修前に測った査定原簿が道路方にあるため、運転者は出頭せよという通知だった。

 測った数字は、ここにはない。原簿を見て、写しを持ち帰るなら代金が要る。

 鉄の馬車を見たのは、人だけではなかった。


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【第21話 収支(AP)】
期首 32,260
収入 +300
 人命救助(平時) 三人 +300
支出 -40
 飲料水二十リットル携行缶 二本 -40
期末 32,520
累計 96,105/システムLv3

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