《転生9日目・朝》
騎馬隊は、西門まで来られなかった。
三十頭を超える馬が、血と焼けた土の臭いに脚を止めたからだ。泥のはねた胸甲も、揃った槍も、汗に濡れて息を荒げる馬までは取り繕えない。
しんがりの一頭は蹄鉄が緩み、鞍を外されて曳かれていた。隊列の中ほどでは、見覚えのある若者が借り物の鞍にしがみついている。城下へ出した、村の伝令だった。
「グレンツ辺境伯家の兵である。援軍に参った」
先頭の騎士が、馬上から告げた。
「戦いは終わりました」
俺が答えると、騎士の視線が腰のM9へ落ちる。歳は四十ほど。日に焼けた顔に古い傷があり、剣へ手を掛ける動作にも無駄がない。
俺はボディアーマーを着たまま、西門の前に立っていた。脱ぐ時間がなかったのではない。疲れ切った村へ、素性の分からない武装騎兵を通すつもりがなかった。
西門脇では、ガルムが低い荷車へ腰掛けていた。左肩から胸まで包帯姿で、杖は右手の届く所に立てかけてある。それでも、近づく旗を見た目だけは酔っていなかった。
「黒鷲に剣。グレンツ辺境伯家の旗じゃ。先頭は騎士隊長のフェルゼン卿。……旦那、半分だけ頭を下げとけ。全部下げると、そのぶん値切られる」
「聞こえているぞ、ガルム・ロディン」
フェルゼン卿の声に、老傭兵は悪びれず片眉を上げた。
「なら、昔より耳は衰えとらんようで」
険が増しかけた空気を、一頭の白馬が割った。
「卿。馬上から勝者を尋問するものではなくてよ」
乗り手は、自分で地面へ降りた。旅装の上に外套を羽織った、十七ほどの少女。銀の髪を首の後ろで束ね、碧い目だけは、疲れを押し込めて周囲を測っている。
「グレンツ辺境伯の名代、リーゼロッテ・グレンツです。まずは、遅れたことをお詫びいたします」
「遅れた?」
「伝令から聞いた数は、千二百。間違いではなくて?」
「間違いありません。昨夜、ここで止めました」
騎士たちがざわめき、馬がその声にまた首を振る。
リーゼロッテだけは俺の顔から目を逸らさなかった。
「昨日の夕刻、東部巡察の帰路で、貴方がたの伝令と出会いましたの。野営を畳み、若者を予備馬へ乗せ、進路を東へ返しました」
彼女は、汗に濡れた馬列へ目をやった。
「村へ近づいた頃には、谷に響く雷まで聞こえましたわ」
準備初日の夕方に出た伝令と、落鉄寸前の馬。話の勘定は合っている。強行軍の代金まで、目の前にあった。
「戦いに間に合わなかったのは、わたくしの落ち度ですわ」
報せ一つで巡察隊を反転させ、夜を徹して速歩と常歩をつないで、それでも落ち度と呼ぶ。その言葉を、俺は値切らないことにした。
「中を検めますか」
「ええ。貴方が領へ持ち込んだものが、守りなのか、次の災いなのか。それを見極めるのが、わたくしの仕事ですもの」
援軍ではなく、検分役が来たらしい。
リーゼロッテが片手を上げた。
「槍を伏せなさい。馬は血の臭いから離し、西門外の北側にある裸地へ。フェルゼン卿は二人だけ連れ、商人どのが示す道から外れず、東へ退いた残敵の足跡を確かめて」
槍穂が一斉に地面へ下がる。俺もヤンへ右手を下げて見せた。二挺のM240は弾帯を外し、給弾部と薬室が空なのを確かめた上で、油布を被せてある。弾薬箱も、すでに乾いた麦蔵へ移していた。
見せないのは、残弾と補う速さだ。
俺は西門を人一人分だけ開け、ヤンへ安全路の先導を任せた。白布を結んだ杖から外れず、フェルゼン卿と二人の騎士が東へ消える。
やがて四人が戻り、東へ退く足跡のほかに動くものはないと報告した。そこで初めて、西門を全開にした。
◇
馬は西門外へ残し、一行は徒歩で東壁へ向かった。千を超える死体、破れた鉄線、焼けた土。風向きが変わるたび、後方から馬のいななきが届いた。
最初に一行を止めたのは、ハンヴィーだった。
石壁と土嚢の窪みに残した砂色の車体。その屋根には、一挺目のM240が戻されている。
「……鉄の魔獣か」
誰かが漏らし、フェルゼン卿の手が剣へ動く。
リーゼロッテは一人で歩み寄った。車輪、車軸、高い車体。閉じた扇の先で装甲板を叩き、返った金属音に目を細める。
「轅も、引き綱もない。高さの揃った車輪が四つ。魔獣ではなく、造られた車です」
「姫様。ならばこそ、領の預かりとすべきです。正体の知れぬ兵器を、一行商人へ任せるわけには——」
「預かって、卿が使えまして?」
フェルゼン卿の口が止まった。
「まだ結論を急ぐ時ではなくてよ。武器の値打ちは、置いてある姿では決まりませんもの」
彼女は車ではなく、地面を見始めた。
第二線の東、二十メートル。地雷が残した穴へしゃがみ込み、手袋越しに焼けた土を崩す。穴へ続く小さな足跡は何筋もあるのに、縁で倒れているのはオーガだけだ。
「小さいものは通り、大きいものだけが倒れた。……この地面は、重い者を選んで弾けましたの?」
半分当たり、半分外れだ。選んだのは地面ではなく、信管に刻まれた数字。だが、選ばれていることまで読んだのは彼女だけだった。
俺が答えないと、リーゼロッテも重ねて訊かなかった。
二百と三百の赤い杭の間には、地雷孔より小さな穴が二十近く残っている。一つだけが着弾群の右二十メートルへ外れ、残りは中央付近へ集まっていた。
「大きな火球かと思いました。けれど、一人の術者が同じ威力を二十度も続けられるとは思えません。攻城具の轍もない。一度ではない。同じ道具で、狙いを変えながら繰り返した跡です」
彼女は踵を返し、今度は村の内側へ戻った。
荷車の漏斗。西門へ続く退路。血の滴と無数の足跡が集まった救護所。途中で一つも放り出されていない水桶。
「村側の死者は?」
「ゼロ。軽傷十二、重傷一です」
初めて、碧い目が大きく開いた。
「千二百に対して?」
「運が良かった」
「運だけで、退路も救護所も作れませんわ」
即答だった。
リーゼロッテはフェルゼン卿へ向き直る。
「車を預かる話は、今夜までお待ちなさい。まだ、この村が何をしたのか見終えておりませんもの」
それから、騎士たちへ命じた。
「まず馬を休ませなさい。脚の残る二騎だけが東の稜線へ物見。残りは下馬して外周警戒と、死体を集める場所の選定を。井戸と小川の集水域から外れた、乾いた高まりを探しなさい。血を吸った藁や布を焼く場所も、水路から離して」
それから、声を一段低くした。
「これは救援作業です。戦利品取りではありません。抜いた石は一つも懐へ入れぬこと。検分は終わり。今度は、生き残った村の仕事を手伝いなさい」
命令を受けた騎士たちが、初めて村のために動き始めた。
トメ婆はその光景を一度見てから、俺の背中を杖で叩いた。
「あんたは二時間寝な。次に倒れる在庫は、あんただよ」
反論する前に、視界が少し揺れた。
補給屋の目録には、自分の体力も載せるべきらしい。
◇
目を覚ますと、昼を回っていた。
村の外では、魔石の回収と死体の移動が始まっている。千を超える死体を全部焼けば、冬を越す薪までなくなる。今日は種族ごとに数を分け、水路から離れた仮置き場へ集めるところまでだ。
大人が槍先で生死を確かめ、胸から石を抜き、処理済みの死体の額へ木炭で一本線を引く。髭の農夫の班は、折れた轅の根元へ横木を縛った。前で一人が舵を取り、後ろから二人が押す。荷台と車輪は、まだ働けた。
ヤンと農夫二人は、村の南東にある乾いた高まりへ三つの試し穴を掘った。どの底にも水は出ない。埋める場所は、そこに決めた。
血まみれの手で水桶へ伸びる腕を、俺は止めた。
「飲み水は井戸だけ。汚れた手は別の桶で石鹸を使え。刃物傷ができたら、すぐ救護籠へ来い」
水を運ぶ者、死体に触れる者、魔石を数える者を分ける。千体分の血と糞を飲み水に混ぜる賭けはしない。
抜いた石は、大人が仮置き場の手前で泥と血をぬぐい、清潔な籠へ移す。血を吸った藁と汚れた布、拾い切れない細かな肉片だけは、小さな焼き場へ分けた。子供は壁の内側で、籠が届くたび板へ数の印を刻んだ。石そのものには触れさせない。
ミアは石蔵の屋根から全体を見張り、板の数と籠が合わなければ白旗を振った。
六キロ東の涸れ谷だけは、手押しでは届かない。
「儂も行くぞ」
包帯姿のガルムが、当然のように杖を持ち上げた。
「行かない。治した肩を悪路で砕き直すほど、うちは儲かってない」
「座っとるだけじゃ」
「契約の酒を飲む前に死ぬ気か」
老傭兵は盛大に舌打ちし、杖を下ろした。
荷車二台が運搬に出たおかげで、広場の第二線には車一台分の道が戻っている。ハンヴィーは車首を西へ向けたまま西門から出し、村の南を回って東の伐採道へ入る。新しい壁の破れ口は使わない。
代わりにヤンと村人二人を荷台へ乗せる。二騎の物見が谷に動く影なしと報告してから、午前中いっぱい休ませていた別の四騎を護衛につけた。
「大きな音がする。馬を近づけるな」
先行する二騎と、大きく距離を空けて後ろを守る二騎。配置を確かめてエンジンを掛けると、四頭の馬がそれでも一斉に後ずさった。
村人三人だけが平然としている。
「騒ぐな、若いの!」
置いていかれるガルムが、なぜか得意げに胸を張った。
「儂など、初日から乗っとるわ!」
その声を聞き流し、リーゼロッテが車体の横へ来た。エンジンの振動へ一瞬だけ目を輝かせ、すぐに訊く。
「この仔は、何を食べますの?」
「軽油という油です」
「一度食べれば、何日、どこまで走れます? 壊れたら、誰が直すの?」
「走れる日数も、修理も、仕入れ先との契約に入っています」
「なるほど。馬より安いかは、油の値だけでは決められませんのね」
騎士には魔獣に見える物を、この姫は飼い葉の勘定で見ていた。
涸れ谷は、三日の間に鴉と獣に荒らされていた。爆発で砕けた石は拾えない。それでも胸の奥に残った八十個を回収し、日が傾く前に村へ戻った。
村の戦場分と合わせ、籠を二つの山へ分ける。売る石が八百八十二。人間の銭に換えるため、村へ残す石が二百二十。襲撃前から村が持っていた三十八個は、別の袋のまま触らない。
「城下なら、いくらになる」
ガルムへ訊くと、杖の先で三つの山を順に示した。
「ゴブリンで銀一枚、オークで四枚、オーガなら十枚。もっとも傭兵が持ち込めば、欠けとるの質が悪いのと言われて、三割は叩かれるがの」
うちの買値は、五、二十、五十AP。銀一枚を五APと置けば、端数なく重なる。
システムは、この世界の相場を知っている。
誰が、いつ書いた帳面なのか。その疑問だけ、宿題の棚へ置いた。
日が落ちる前、俺は麦蔵の周りから騎士を遠ざけ、扉を内側から閉じた。
『査定します。砕けた魔石は買取対象外です』
【魔石買取:882個】
【ゴブリン820×5/オーク40×20/オーガ22×50】
【+6,000AP】【現在残高:46,720AP】
『補足します。現在のレベルでは対象外ですが——所有者がLv5以上に達した場合、E級以下の反復討伐による報酬の取得効率は、段階的に低下します。偉業ボーナスも、同一の偉業につき一回限りです』
「……『ゴブリンを永遠に狩って荒稼ぎ』は、いずれ出来なくなる仕組みか」
『はい。当店は、お得意様にこそ次の段階の商品をお勧めします』
稼ぎたければ、より強い敵と戦え。この店の設計者は、商人の性根というものを実によく分かっている。
勝った後に要るのは、祝いではない。
【納品先:亜空間格納庫】
【鉄条網障害セット×2:-2,000AP】
【土嚢×2,000枚:-400AP】
【工具・補修資材・浄水器一式:-600AP】
【現在残高:43,720AP】
決済だけを済ませ、補修資材は格納庫へ留めた。騎馬隊が村を離れるまで、鉄線も土嚢も出さない。小川には当面の使用を禁ずる木札を立て、飲み水は井戸に限定した。
目録の頁を、もう一枚めくった。
建設重機の欄だ。黄色い車体の絵に、腕が一本。その先に、鉄の匙のようなバケット。前の世で誰もが知っている形——油圧ショベルだ。小型・多目的、一万。
買う前に、買わない場合を数えた。
野の死体は千を超える。全部を薪で焼けば、村が冬を越す燃料まで灰になる。土へ返すにしても、村にある鍬と鋤は合わせて二十本、掘れる男衆は十五人。乾いた土地へ墓溝を切り、死体を運び、土を戻す。騎士の手を借りても、十日では利かない。
その十日、壁の張り直しと畑の仕舞いが、丸ごと止まる。
そして相手は、待ってくれない。腐敗と、獣と、次の雨だ。
同じ頁の並びには、戦車もある。値段は、この機械の十五倍。開きもしなかった。いま村を殺しに来るのは、敵の第二波じゃない。野に転がった千の死体のほうだ。
【建設重機(小型・多目的):-10,000AP】【納品先:亜空間格納庫】
『納品完了。操作要領は、付属の教範を参照してください』
「読んでおく」
前の世で、重機の免許は持っていない。だが操作要領と、買った身体と、急がなくていい現場なら——動かせる。速さは要らない。倒れないことと、人を轢かないこと。それだけでいい。
取り出しは夜明け前、森の際でいい。機械そのものは、明日になれば隠せない。隠すべきなのは、何もない場所から現れる瞬間と、格納庫の奥行きだ。
【現在残高:33,720AP】
麦蔵を出ると、リーゼロッテは東の破れた鉄線と、戦場に残った空の弾薬箱を眺めていた。
「不思議ですわね。昨夜使ったこれだけの鉄と箱を運び込んだ轍が、西の街道にはありませんの」
「売れるのは品と納期です。仕入れ道は売り物じゃない」
「紹介していただける?」
「その質問には、値札が付きません」
「残念」
訊いたのは一度だけだった。値打ちの分からない箱を、無理にこじ開けない。それも、商人の距離感だ。
◇
夜、広場に火を焚いた。
騎士たちは村外へ野営を張り、リーゼロッテだけが護衛二人を連れて火の輪へ入った。
ミアが麦粥を運ぶ。灰色の耳は警戒で伏せていたが、リーゼロッテは椀より先に、その耳を見た。
「騎馬隊へ最初に気づいたのは、貴女ですって?」
「……ん。にしから、うまのあし、いっぱい」
「姿が見えるより前に。良い耳ですわ。うちの斥候にも、貴女ほど利く者はおりません」
耳がぴんと立ち、尻尾が一度だけ揺れた。
「姫様。子供、それも獣人の報告を軍記へ載せるのですか」
「耳の形ではなく、報告が正しかったかを記すのです。書記に伝えて。名はミア、西方からの騎馬隊を視認より前に検知」
フェルゼン卿は一拍だけ黙り、深く頭を下げた。
「承知しました」
リーゼロッテが扇を持ち直した時、指が止まった。白い手袋がきつく握られ、呼吸が二つだけ浅くなる。フェルゼン卿が一歩出かけ、彼女の視線を受けて戻った。
「……夜風ですわ」
何事もなかったように背筋が戻る。本人も、護衛も、隠すことに慣れていた。
俺は気づかなかった顔で、火へ薪を足す。ただし、帳簿の隅にだけは残した。
「商人どの」
世間話を終える声だった。
「最初、わたくしは貴方の武器が欲しいと思いましたの」
「正直ですね」
「領主の娘が、領内の正体不明の兵器を欲しがらない方が不誠実でしょう?」
火を挟み、碧い目が俺を見つめる。
「けれど、今日、値札を改めました。鉄の車も、黒い得物も、地面を弾けさせた物も——置いてあるだけなら荷物ですわ」
彼女は閉じた扇で、荷車から西門までの道を示した。
「誰を先に逃がすか。どこで敵を止めるか。倒れた者をどこへ運ぶか。勝った朝には、水を守る者、石を数える者、死体を運ぶ者が、もう別々に動いていましたわ」
扇の先が、今度は俺を指す。
「欲しいのは武器ではなく、貴方の帳簿ですわ」
「商売の帳簿は、見せられませんよ」
「紙の方ではなくてよ」
彼女は自分のこめかみを軽く叩いた。
「どこに何がいくつあり、いつ尽きるのか。誰へ何を任せ、何を先に備えるのか。——それを数えて回す、貴方の頭の中の帳面です」
「武器は、奪うことも値を付けて買うこともできます。けれど、それを働かせる人間は市場に並びませんもの」
「一つ、訊いてもよろしくて?」
「どうぞ」
「貴方はこの村を救って、何を得ましたの。焼けた家と、貧しい客と、麦粥。王都の商人なら、赤字だと笑いましてよ」
「笑う奴には、売る物がない」
俺は火を見たまま答えた。
「客が暮らす村が焼けたら、うちの店も終わりだ。村が立ち直るまでが仕入れで、村が強くなるまでが商売。儲けは、その後で回収する」
少しの間、火が薪を崩す音だけがした。
顔を上げると、リーゼロッテは笑っていた。値踏みを終えた商人の笑い方だった。
「決めましたわ」
銀の髪が、火の粉の向こうで揺れる。
次の言葉だけ、貴族の「わたくし」が落ちた。一人の買い手の声だった。
「貴方、私に買われる気はなくて?」
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【第11話 収支(AP)】
期首 40,720
収入 +6,000
魔石882個の買取 +6,000
支出 -13,000
鉄条網障害セット二式 -2,000
土嚢2,000枚・補修資材・浄水器 -1,000
建設重機(小型・多目的) -10,000
期末 33,720
累計 93,245/システムLv3
【主な手持ち】
7.62mm弾3,600発/5.56mm弾184発/9mm弾213発/手榴弾10個
M240二挺/60mm迫撃砲一式・砲弾0/MRE11食/建設重機(格納庫内・取り出しは夜明け前)
※勝った村を値踏みしに来た少女が、最後に欲しがったのは武器ではなく帳簿でした。

