《転生およそ99日目・日暮れ前》
「三十人を、鉄の車へ逃がす約束はできません」
東門外の荷改め台で、採石請負人の筆が止まった。
男の背後には、明朝使う空荷車が十二台並んでいる。男自身を含む石工十二人、御者十二人、護衛六人。合わせて三十人だ。
「負傷者を運んだ鉄の車だと、|道路方《どうろかた》の帳面にある。十人くらいは詰められんのか」
「無傷でも十人までです。負傷者を固定すれば減ります。それに、俺はあれを運転する。ヤンは銃座、ガルムは弾と隊列、ミアは|斥候《せっこう》です」
四人を降ろして十人を拾えば、鉄の車は走らない。十人だけを運べば、残る二十人と十二台を危険区間へ置くことになる。
「では、何を請ける」
「十二台を動かします。三十人の退路は、最初から持っている」
採石請負人が、荷車を見た。
村へ戻った第九十八日目の午後は、身体を休め、第三のM240を取り付ける準備に使った。五発だけ村東の土手へ撃ち、ヤンと作動を確かめる。村の二|挺《ちょう》と三千五百八十八発には触れていない。
護衛用の医療品は、村の救護籠から借りなかった。
【衛生兵|背嚢《はいのう》(MARCH・十傷病者目安):-200AP】
【燃料九十リットル:-45AP】
【現在残高:25,100AP】
村を発つ前、トメ婆は代替見張り三銀の交替札へ、ヤンは危険日当を含む四銀の割り札へ印を置いた。採石請負人が本契約へ同額を置いた時だけ効く紙だ。
第九十九日目の夜明け前、予約していた燃料を満タンへ入れた。商会のM240一挺、残るリンク弾九百九十五発、M4一式と全百七十五発、商会用の|担架《たんか》一床と荷締め具一組、部分使用のIFAKを載せ、四人で村を出る。
昼はMREを一人一食。運転できるのは俺だけなので、短い休憩を挟みながら約三百キロを走り、日暮れ前に東門へ着いた。
採石請負人は、荷車札を二枚ずつ寄せた。
「二台を一組。御者と石工は一人ずつ。護衛は一組に一人だ」
「危険時の隊列指揮はガルム。御者は銃声を聞いても前の車輪だけを見る。止めるのは、ガルムが道を塞いだ時だけです」
「石を捨てろと言われたら」
「捨てる」
答えたのは請負人だった。
「石は切り直せる。御者は切り直せん」
組合書記が、その言葉を契約へ入れた。
護衛料は銀貨十二枚。履行後に、商会へ五枚、ヤンへ四枚、村の代替見張りへ三枚。食事、水、馬草、採石組の診療費と荷損は依頼主側。十二台と三十人を東門外へ戻し、道路方の受取札が出た翌日の暮れまでに支払う。荷車組合が支払の|請人《うけにん》印を置いた。
商会の火器で倒した分はリヒト商会、採石組の槍で倒した分は採石組へ帰属する。ただし、死骸も魔石も点呼より先に拾わない。
「もう一つ」
俺は、紙の端へ指を置いた。
「負傷者が出ても、鉄の車へ全員を移せとは書かないでください」
「そこまで書かねば、三十人は車へ走るか」
「雷みたいな音がすれば、走りたくなります」
採石請負人は少し考え、印を置いた。
M240、弾薬、M4、救護具を東門外の施錠荷置きへ下ろす。HMMWVの燃料計は、また二割を下回っていた。車内を空にして格納し、四人は依頼主の天幕で夜を休んだ。
◇
《転生およそ100日目・二の鐘前》
【燃料九十リットル:-45AP】
【現在残高:25,055AP】
満タンのHMMWVを東門外へ出し、第三M240を銃架へ据える。薬室は空。保持ピン、旋回、上下角、走行固定をヤンと指差しで確かめた。M4と全弾も車内へ固定する。
村で五発を使った箱には、百九十五発が残る。それを銃架へ固定し、未開封の二百発箱四つを荷床へ縛った。予備銃身と工具は別の帯で留める。
俺は通信ヘルメット。ヤン、ガルム、ミアはイヤーマフを首へ掛けた。採石組には、請負人が薄い羊毛の耳栓を配っている。
荷車の前板と後ろ板へ、一から十二まで同じ番号札が結ばれた。二台ごとに護衛が一人つき、六つの組になる。
「雷が鳴ったら、前の後輪を見ろ」
ガルムが御者たちへ言った。
「敵を見ようと振り向くな。長笛のあと、|儂《わし》が番号札を叩いた車だけ荷を捨てる。止まる時は、儂が道へ立つ」
「聞こえなかったら」
「前の後輪を見ろ。最初に言うた」
御者たちが笑わずに|頷《うなず》いた。
二の鐘が鳴る。
石切り場の尾根に、白旗が上がった。補強された見張り小屋の前には旗番二人と、武装した騎兵二人がいる。
白旗は、道のすべてが安全だという印ではない。旗番が、決めた刻に旗を上げられる状態だというだけだ。
空荷車十二台が、第七杭から採石道へ入る。HMMWVは十二台目の後ろについた。
一|轅《ながえ》ぶんの間隔。上りでは二つ。御者は前の車輪を見て、石工は自分の車輪と路肩を見る。六人の護衛は、二台の外側から林を見た。
ミアのイヤーマフは、まだ首にある。
「みぎ、ひと。はたの、ひと」
岩陰から出た旗番へ、先頭の護衛が手を上げた。
「ひだり、うま、ふたつ。みかた」
補強小屋の騎兵だ。
見えない音を、味方から一つずつ外していく。最後まで残ったものが、敵とは限らない。それでも、数えずに進むよりはいい。
採石場には、切り出し済みの石材が積まれていた。石工たちは十二台を順に寄せ、車輪止めを噛ませ、同じ高さまで石を載せる。
空だった荷車の腹が沈む。縄を締めるたび、帰りの速度が一つ落ちた。
五の鐘にも、白旗は上がった。
採石請負人が先頭へ乗り、十二台が城下へ向けて動き出す。HMMWVは、また|殿《しんがり》についた。
◇
最初に気づいたのは、ミアだった。
「たいちょう。まえ、みっつ。ないてる」
前方の林から、狼の遠吠えが三つ重なった。馬の耳が動き、御者の肩が固くなる。
「うしろ、もっと。しずか」
ミアの灰色の耳が、後ろへ伏せた。
「うま、みてる」
前の三体は、姿を見せて声を上げている。後ろの群れは、鳴かずに最後尾の馬へ寄っていた。
「耳を守れ」
ヤン、ガルム、ミアがイヤーマフを着ける。俺は通信ヘルメットの遮音を確かめた。
ガルムが窓から腕を出し、前へ大きく回す。
進め。
十二台目の御者は振り向かなかった。前車の後輪だけを見て、|手綱《たづな》を短く持つ。
灰色の影が、路肩の藪から四つ出た。続いて、その奥でも枝が揺れる。
ヤンは撃たない。
荷車と馬が、銃口の先にいる。数が見えても、射線はまだない。
六番組の護衛が槍を横へ出し、馬の尻へ回ろうとした一体を弾いた。五番組の護衛も隣へ寄り、二台の間を塞ぐ。
一挺の機関銃で守れるのは、三十人ではない。
今、射界にいる数十メートルだけだ。残りは、二台一組の決まりで守る。
前の荷車との間が開く。俺はブレーキを踏み、HMMWVだけを止めた。
十二台目は前へ行かせる。
ガルムが右手を伏せ、左の拳を開いた。右は撃つな。左の土砂斜面へ来たものだけ。
狼型が三体、荷車を追って白い砕石の前へ出る。
ヤンの短射が、屋根から車体へ圧を落とした。
硬い岩壁ではない。弾の先には、崩した土砂の山がある。灰色の身体が二つ転がり、一つは林へ戻った。
十二台目の馬が尻を落とし、荷車が半輪ぶん路肩へ振れた。御者は振り向かず、前車の後輪へ轅を戻す。前の組も速度を落として間を詰めた。
ヤンが銃を走行位置へ固定する。俺は前へ出し、十二台目との間を詰めた。
銃声で、前の三体が林へ消える。だが、後ろの群れは散らなかった。
ガルムが林を指し、首を横に振った。音だけでは散っていない。
もう一度止まり、荷車を先へ出す。
短射。
追いつく。
荷車の列は遅くても、止まらない。HMMWVだけが止まり、撃ち、また最後尾へ戻った。
狼型の二体が、射界の内側へ潜り込んだ。
六番組の護衛が一体を槍で受ける。穂先が肩へ入っても、獣の勢いは止まらない。男は|轍《わだち》へ倒され、頭をこぼれた砕石の角へ打ちつけた。
もう一体へ、五番組の護衛が横から槍を入れた。二人目の穂先も重なり、狼型は馬の脚へ届く前に崩れる。
倒れた男の肩へ、別の一体が噛みついた。
五番組の護衛が槍を引き抜き、その脇へもう一度突き込む。獣の顎が開き、護衛の肩から外れた。
別の狼型が十二台目の牽引馬の後脚を浅く裂いた。跳ねた轅で御者の手が擦れ、積荷へ上がった石工のふくらはぎにも爪が走る。
ガルムが十二番札を拳で二度叩き、長笛を吹く。
十二台目の石工が、積荷の留め縄を端から切った。
後ろ半分の石材がまとまって路肩へ落ちる。残った石も二人の石工が押し出し、人ひとりを寝かせる床が空いた。荷台が軽くなり、右へ傾いていた車輪も少し戻る。
御者は手綱を離さない。十一台目と十二台目の石工が、一人は頭と肩を、一人は腰を支え、身体を捻らずに持ち上げる。十二台目だけが歩くより遅くなったが、止まりはしない。
俺はHMMWVを斜めに止めた。車体で狼を押すのではない。人と馬が抜けた土砂斜面を、ヤンの射界へ置く。
短射が重なる。
ガルムは次の弾薬箱の留め具を外したが、今の帯はまだ続いている。撃つ方向を指し、ヤンの左肩を一度叩いた。
左だけ。
俺は運転席を離れない。前には、石を捨てた十二台目がある。後ろには、銃声で止まった狼型がいる。
見るべきなのは、倒れた数ではない。
まだ回っている、十二台目の後輪だ。
「ガルム、救護具を十二台目へ!」
ガルムが荷床から衛生兵背嚢と畳んだ担架を取り、石工へ渡す。二人は空いた荷床へ担架を広げ、護衛を乗せ、付属帯と荷締め帯を掛けた。
男はいる。呼吸もある。だが、呼びかけに返事がない。
「圧迫材を肩へ。呼吸を見ろ。頭を捻るな!」
一人の石工が手袋を着け、圧迫材を肩へ押し当てる。もう一人は担架の頭側を両手で支えた。
「たいちょう。うしろ、くる」
ミアが俺の腕を二度叩き、土砂斜面を指した。
ヤンが照準を置く。狼型が斜面へ出る。三発、五発と数える射撃ではない。走る先を短い帯で切り、馬と荷車から剥がすための火だ。
灰色の群れが崩れた。
残った影は東の林へ走る。ヤンは追わなかった。
安全装置。銃口を上げず、走行位置へ戻す。
最後の荷車へ追いつく。
十二台目の右輪が浅い排水溝へ落ちかけた。石工たちが長い棒を差し、軽くなった荷台を内側から押す。HMMWVで横から引けば、道を塞いで後ろの獣へ時間を渡す。
御者が馬を前へ向ける。三人が押す。
車輪は、土を一度削って路面へ戻った。
十二台目が進む。
HMMWVも続く。
危険区間の西端にある砕石平場へ、一台目が入った。二台目。三台目。
俺は十二台目の後輪が平場へ乗るまで、速度を落とさなかった。
HMMWVを止め、ヤンとガルムを東向きの警戒へ残す。俺は医療用手袋を着け、十二台目へ上がった。
呼吸と脈はある。血を吸った圧迫材は剥がさず、上から新しい材を重ねた。丸めた布で頭の両側を支え、担架帯と荷締め帯を締め直す。呼名への反応はなく、頭の内側まではここで判断できない。
【運用員還流:ヤン/狼型魔物11体×50%】
【+110AP/現在残高:25,165AP】
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ミアがイヤーマフの片側を浮かせた。
「うしろ、うま、ひとつ。まだ、とおい」
旗小屋では一騎が旗番に残り、もう一騎が銃声を追っている。
現地の護衛が倒した二体も路上に残る。東へ逃げた影は七。前に逃げた群れとも、旗番を襲った群れとも、同じだと決める印はない。
採石請負人が名札を一枚ずつ読み上げた。
返事が、二十九続く。
「三十人目はここだ!」
六番組の御者が、十二台目の荷台を叩いた。
ミアが男の口元へ耳を寄せる。
「いる。いき、ちいさい」
十二台は抜けた。三十人目も、列から切り離していない。
それでも、助かったと返事をしたのは、二十九人だけだった。
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【第24話 収支(AP)】
期首 25,345
収入 110
支出 290
期末 25,165
累計 96,315/システムLv3
【第24話 現地通貨】
期首 自由金 銀貨9枚+銅貨12枚
収入 0
支出 0
期末 自由金 銀貨9枚+銅貨12枚
※護衛料銀貨12枚は履行後払いです。話末は採石組が東門外へ戻らず、負傷者の診療・休息も未成立なので未収のままです。
※契約上の内訳は、リヒト商会5銀、ヤン4銀、村の代替見張り3銀。食事、水、馬草、採石組側の診療費と荷損は依頼主負担です。

