《転生およそ100日目・五の鐘後》
三十人目の胸は、まだ動いていた。
「いき、ある。さっきより、ちいさい」
ミアが男の口元から耳を上げる。
「助かったのか」
採石請負人に、俺は首を振った。
「助かった数は、後で数えます。今は、息と血を見ます」
男を載せた|担架《たんか》は、十二台目の荷床へ固定してある。右肩の圧迫材には赤が広がっていたが、端から垂れるほどではない。剥がさず、その上へ手を置いた。
呼吸。脈。左右の瞳。手足への呼びかけ。
返事がない。
「頭を動かすな。肩は押さえたまま」
手袋を着けた石工が圧迫を引き継ぐ。もう一人が、丸めた布の間で男の頭を支えた。
東の道から、|馬蹄《ばてい》の音が一つ近づいてくる。
「みかた。ひとり」
旗小屋から出た護衛騎兵だった。もう一騎は、旗番二人のところへ残っている。
「東へ七。林へ入った。追ってはいない」
ガルムが短く告げると、騎兵は倒れた狼型ではなく荷車を見た。
「門へ要る物を言え」
「採石組三十、荷車十二。返事なし一、軽傷二、負傷した馬一頭。|施療《せりょう》院の手車と薬師、馬を診る者、温かい天幕を」
「道は」
「七体が東へ逃げました。新しく入れるのは危険です」
騎兵が復唱した。
「|道路方《どうろかた》へ閉鎖を上げる。お前たちは西へ戻れ」
伝令札へ刻み、馬首を西へ返す。
俺は画面を開いた。
『アルマ。通常処置の続きで、使えるものは』
『生命反応を確認。通常止血と頭部支持を維持してください。システム治療は、重傷安定化として適応します』
『頭の中も治るのか』
『損傷の有無と程度は確定できません。完全回復ではなく、搬送中の悪化を抑える処置です』
返事のできない男は、頼むとも断るとも言えない。
待って失う危険だけは、もう見えていた。
【重傷治療:-1,000AP】
【処置を開始します】
【現在残高:24,165AP】
青白い光が、男の肩と頭の周りへ薄く広がった。口と鼻、圧迫材は覆わない。浅かった胸の上下がわずかに深くなり、不揃いだった間隔が揃う。
目は開かなかった。
「運ぶ。十二台目は空荷のまま。歩く速さを、この馬に合わせる」
後脚を裂かれた馬は、石材を下ろした|轅《ながえ》の間で立っていた。採石組の馬係が傷を水で流し、腫れと出血を見る。手を添えたまま一歩だけ歩かせると、|蹄《ひづめ》は地へ着いた。
「門までは歩かせる。着いたら休ませる」
採石請負人が決めた。
ヤンはM240を東へ向けたまま、架台箱を確かめる。
「隊長。今の箱に百。東を見ます」
ガルムは動ける五人の護衛を、列の両側と最後尾へ置き直した。欠けた六番組には、自分がつく。
「旦那はそいつを見ろ。東は|儂《わし》らが見る」
HMMWVは十二台目の後ろへつく。速く走れる車を、速く走らせない。前照灯で後輪と路肩を照らし、列の歩調を守る。
十二台が、また西へ動いた。
◇
日が落ちると、荷車の音だけが道へ残った。
前から、車輪、馬、車輪、馬。後ろではHMMWVのディーゼルが低く続く。東の林に入った七体の音は戻らない。ミアは東へ耳を向けたまま、列を崩す合図を出さなかった。
ミアはイヤーマフの片側を浮かせ、十二台目の男の呼吸と、後方の音を交互に拾った。
「たいちょう。このひと、のど、なった」
ガルムが道へ立ち、停止の手を上げた。十二台が前から順に止まる。俺もHMMWVを路肩へ寄せ、駐車制動を掛けて十二台目へ上がった。男の喉で湿った音がする。
「身体を一つにして、少し横へ。頭だけ捻るな」
三人で肩、腰、脚を支え、身体を一つにして横へ向ける。口元へ溜まった唾液を外へ流し、頭と背へ丸めた布を当てた。
返事が戻らない間は、支えた横向きを保つ。
喉の湿った音が消え、胸の上下が続いているのを確かめると、ガルムが再開の手を上げた。前の二台から順に動き、動ける五人の護衛が手信号を後ろへ送る。
「うま、みっつ。さっきの、ひと」
先に帰った騎兵が、東門の予備二騎を連れて戻った。二騎は列の前とHMMWVの後ろへ分かれ、伝令した騎兵は泡の浮いた馬の首を撫でる。
「東門まで新規進入止めだ。薬師も出ている」
「門の予備は、これで空だ」
伝える声に、採石請負人が一度だけ|頷《うなず》いた。
列を捨てて走らなかったから、受入れの支度が先に走った。
城壁の灯が見えても、誰も速度を上げなかった。傷ついた馬の歩調で、十二台目まで門前へ入れる。
東門外の荷車回し場には、湯気の立つ|桶《おけ》と、灯りを入れた天幕が並んでいた。
◇
「返事のない者を先に」
セルマが、施療院の手車を指した。
十二台目から、商会の担架ごと男を下ろす。施療院の寝台板へ並べ、身体を一度だけ移した。
「肩の布は」
「剥がしていません。上から追加しました」
「それでいい。洗う水を切らすな。剥ぐ前に、次の圧を用意しな」
セルマは男の|瞼《まぶた》を上げ、左右を見た。名前を呼び、手の甲を押す。男の顔がわずかに動いたが、言葉にはならない。
「頭の中までは、外から分からない。今夜は帰さないよ」
水を飲ませようとした石工の|椀《わん》を、セルマが止めた。
「返事のない者へ飲ませるんじゃない。吐けば、息の道を塞ぐ。口へ入れるかは、こっちで決める」
肩の|咬傷《こうしょう》は、桶を替えながら洗われた。血が落ち着いても水を止めず、石粉と獣の唾が見えなくなるまで続ける。|火酒《ひざけ》は使わない。その場で縫い閉じず、清潔な布を軽く当て、夜の感染監視へ回した。
御者の手と、石工のふくらはぎも洗われる。商会の衛生兵|背嚢《はいのう》から追加の手袋と被覆材を出し、砂を落とし、指と足首を動かし、感覚を確かめてから布を巻いた。二人には湯と薄い|粥《かゆ》が渡された。
残る二十七人にも、水、温かい汁、乾いた毛布、今夜の寝床が用意される。採石請負人は、食事札と天幕札へ自分の印を置いた。
負傷した馬は荷を外され、馬囲いへ連れていかれた。傷を洗い直し、馬を診る者が深い裂け目や骨、|腱《けん》、関節の傷でないことを確かめる。乾いた敷き|藁《わら》の上で休ませ、馬草も手当ての銭も依頼主の札へ載った。
門役は、往路の名簿と帰着した腰札を照合した。三十人は城内戸か、採石契約の仕事札を持っている。別の|請人《うけにん》も、新しい入市税も要らない。
最後に、道路方の頭が十二台を数えた。
「荷車十二。門外着」
名札を一枚ずつ読む。二十九人は回し場で返事をした。
「三十人目は施療院へ引渡し」
セルマの受入札が、机へ置かれる。
道路方の頭は、受取札へ〈帰着三十〉と書いた。
画面は開かない。
紙が証明したのは、十二台と三十人の行き先だ。男の明日までは、受け取ってくれない。
採石請負人が銀貨の袋へ手を伸ばす。
「受取札は出た」
「契約は、これで履行です。ただ、十二枚は一つの財布へ入れられません。支払いは明朝、荷車組合の請人印の前で五、四、三に分けます」
「寝床は」
「別の勘定です」
男は袋を戻し、天幕の火を一つ増やした。
ヤンとガルムはM240の弾帯を給弾口から外し、給弾部と薬室を目と指で確かめた。銃口覆いと走行固定も戻す。M4も弾倉を外し、薬室を確認した。
HMMWVは東門外の施錠荷改め場の車区画へ入れ、M240と弾薬、M4は隣の武器区画へ預けた。燃料は二割を切っていない。新しい補給表示は出なかった。
衛生兵背嚢を開く。開封した圧迫材、手袋、被覆材、保温材を一つずつ数えた。
【衛生兵背嚢・再補充:-100AP】
【現在残高:24,065AP】
商会の担架と荷締め帯は、施療院から返された。洗浄札を結び、別の防水布へ包む。
東の街道は、朝の確認騎馬が戻るまで閉じられた。狼型十三体の死骸と魔石は路上に残し、商会分十一、採石組分二という権利だけを道路方の回収札へ記した。
誰も取りに戻らない。
今夜数えるのは、死骸ではない。
◇
《転生およそ101日目・朝》
「名前は」
セルマの声に、寝台の男の瞼が動いた。
「……ベンノ」
「ここは」
返事が出るまで、長い間があった。
「……東門、か」
「近いが違う。施療院だ。昨日のことは」
ベンノは眉を寄せ、首を動かそうとした。セルマの手が額を止める。
「思い出さんでいい。今日は立つな」
名前は戻った。昨日の記憶は、まだ戻っていない。
飲み込む動きを確かめるまで、水も食事も止めたまま。呼吸、反応、吐き気、瞳の左右を、セルマの夜番札が一つずつ記録していた。
天幕では、二十九人が朝の汁を受け取っている。軽傷の二人も、自分の椀を持てた。負傷した馬は、後脚へ体重を掛けて立っている。
二十九人の椀は空になり、ベンノの寝台には〈飲ませるな〉の札が残った。三十人とも、診る者と休む場所を得ていた。
【人命救助(平時)×30:+3,000AP】
【現在残高:27,065AP】
【累計獲得AP:99,315】
【システムLv3/Lv4まで:685AP】
十万まで、あと六百八十五。
採石請負人と荷車組合の書記が、受取札を持ってきた。
銀貨十二枚は、一つの財布へ入らない。
五枚をリヒト商会の自由金へ。四枚をヤンの割り札へ。残る三枚は荷車組合が村の交替札と照合し、受取印を置いた村行きの封袋へ入れた。送達する責任も、組合の帳面へ残る。
自由金は、銀貨十四枚と銅貨十二枚になった。
「荷損と診療費は、こっちの勘定だ」
採石請負人が、十二台目の空いた欄へ印を置く。捨てた石と三人一頭の処置代を、護衛料から引かなかった。
道路方の頭が、夜の伝令札を机へ出した。
〈銃声あり〉
その下へ、騎兵が後から刻んだ〈重一、軽二、馬一〉が続いている。
「音は先に届いた。寝台の数は、馬が着くまで分からなかった」
詳細札を運ぶために旗小屋の護衛一騎を外し、着くまで施療院は手車を三台空け、東門は予備の二騎を止めていた。重傷が一人か、三十人か、音だけでは分からなかった。
指が、二つの行の間で止まる。
「次も、一頭へ全部を載せるか」
Lv4の棚より先に要るものは、決まった。
尾根と門の間を、馬一頭より速く渡る声。
その運び方は、まだ空欄だった。
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※ここから下は「あとがき」欄に貼る部分。
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【第25話 収支(AP)】
期首 25,165
収入 3,000
支出 1,100
期末 27,065
累計 99,315/システムLv3
【第25話 現地通貨】
期首 自由金 銀貨9枚+銅貨12枚
収入 銀貨5枚
支出 0
期末 自由金 銀貨14枚+銅貨12枚
※護衛料12銀は契約どおり、商会5銀、ヤン4銀、村代替見張り3銀へ分配しました。村分は荷車組合が受領・送達責任を負う村行き封袋へ入れ、ヤン分とともに商会自由金へ含めません。

