《転生およそ111日目・夜明け前》
東門外で、HMMWVを一度だけ格納した。
燃料が二割を切ったまま、次の九十リットルは予約されている。目録から車両を選び直すと、十秒後、朝もやの中へ満タンの車体が戻った。
【燃料90リットル:-45AP】
【現在残高:24,525AP】
四十五APで、半日を買う。
荷車なら、第三荘までの往復だけで今日が終わる。七百二十袋を検め、一袋ずつ格納し、道まで見る時間は残らない。
M4と五・五六ミリ弾百七十五発を車内へ固定してから、俺は城壁の外を北門へ回った。
北門外の荷改め場には、二十袋ずつ置ける縄の区画が十四、並んでいた。
まだ麦はない。
リーゼロッテ、主計方の若い書記、北門の荷改め役、バルツァー、|道路方《どうろかた》の男が、空の区画を囲んでいる。
「領家が買うのは、検品を通った七百二十袋までですわ」
リーゼロッテが、三枚の札を机へ置いた。
「三日をつなぐ二百八十袋だけ、格納庫による緊急搬入を認めます。残りは第三荘倉へ預け、荷車道で運ぶ。特例を、四日目の慣例にはいたしません」
北門の荷改め役が、最初の札を取る。
「見えないまま門内へ出すことは認めん。戻ったら、ここへ一袋ずつ出してもらう。数、封、所有札を見てから荷改め印を置く」
「その順でお願いします」
バルツァーが、最後の札を指で弾いた。
「麦の|口銭《こうせん》は取らん。じゃが、荷車三十台ぶんを半日で動かす仕事までただにはせんぞ」
依頼主はグレンツ領主計方。受託者はリヒト商会。二百八十袋を北門外で実体化し、荷改めと主計方の受取まで終えて銀貨十二枚。荷車組合が、緊急一便の運賃として査定していた。
「紛失か、袋の破れがあれば、どの手から商会の責任になりますの」
「第三荘で荷改め役が一袋ごとの引渡印を置いた時から、北門外で完全に実体化して受取線へ置くまでです。収納前の品質と荘倉内の荷役、受取線から先の荷役は、それぞれの管理札へ戻してください」
若い書記が二本の線を引いた。
俺の麦にはならない。だが、俺の仕事にはなった。
◇
北街道は乾いていた。
HMMWVには俺、ガルム、ミア、若い書記が乗る。バルツァーと道路方の男、北門の荷改め役は夜明けに騎馬で先発しており、北街道で追いついた。領家の封箱を載せた駄馬と護衛二騎も続く。
昼食と馬草、護衛の費用は領家の買付け勘定に入っている。
二の鐘を少し過ぎた頃、第三荘へ折れる道で、空荷車が一台、斜めに止まっていた。
片側の車輪が泥へ沈み、軸の近くまで黒く濡れている。馬は外され、|轍《わだち》の先には立入止めの杭が二本あった。
「旦那、ここまでじゃ」
ガルムが助手席から降りる。
「この鉄の馬車まで沈めれば、買った時間を泥へ捨てることになるぞ」
俺は乾いた路肩へ停めた。四人が降り、M4を肩へ掛ける。騎馬の五人と封箱を載せた駄馬は、許可済みの畑縁へ回った。
車内に人がいないことを全員で確かめてから、HMMWVを格納する。
車体が光に薄れ、十秒で消えた。
道路方の男は、消えた場所と時刻を札へ書いた。
「人と馬の通行は、|荘代《しょうだい》が昨日から認めています。車輪は入れるな、です」
俺たちは境の石を越えないよう、一列で畑縁を歩いた。泥の向こうの堅い地面で空間を空け、目録からHMMWVを選ぶ。
十秒後、車体が戻る。
若い書記が振り返った。
「荷車も、同じように越せるのでは」
「沈んだ一台には、まだ触れるな」
道路方の男が止めた。
「持ち主の回収同意がない。片輪を抜いた拍子に表の殻が落ちれば、人まで沈む。測定と回収手順が決まるまでは、危険の印として残す」
「俺がいる一度だけなら」
ドアを開ける。
「七十台、九十台、その次の収穫まで俺へ載せる道にはできません」
止まった荷車は、泥の中に残った。
◇
|第三荘倉《だいさんしょうそう》の中では、七百二十袋が持ち主の印ごとに積み分けられていた。
荘代と所有者本人、来られない者の委任札を持つ代理人が、袋列の前に立つ。谷側の牧草地を持つ女も、その一人だった。領家の封箱は、まだ閉じたまま土間の机に置かれている。
「上だけ見て、七百二十とは書けん」
バルツァーが、|秤《はかり》の腕を押した。
まず七百二十袋すべての所有札、口紐、外装と数を通す。その後、持ち主ごとの列から上、中、下の袋を選び、口を開けた。色、匂い、熱、虫を蔵番が確かめ、同じ袋を秤へ載せる。異常が一つでも出れば、その持ち主の列を全て開ける決まりだ。
ミアは最下段の前で鼻を動かしたが、先に手を出さなかった。
「たいちょう。こっちは、かわいてる。あっちは、つちのにおい」
蔵番が袋の下へ指を入れる。
「土間の匂いです。袋の底は乾いています」
「売れるか」
バルツァーが聞く。
「売れます」
結論は、蔵番が出した。
若い書記は、当日の市場札と等級を照らし、持ち主ごとの金額を買付け帳へ移す。新しい値段を俺が付けることはない。
ただし、封箱はまだ開けなかった。
「麦を買う前に、荷車道の権利を確かめます」
七百二十袋を領家の資産にした後で、運び出す手立てが俺一人しかないとは言えない。持ち主のうち、道の境に土地を持つ者にも立ち会ってもらい、俺たちは止まった|荘道《しょうどう》へ戻った。
◇
道の山側には、雪解け水が浅く溜まっていた。
谷側へ回ると、水の出口だけが乾いている。
ミアが片耳を地面へ向けた。
「たいちょう。うえ、みず。した、でてない。みちのなか、なってる」
道路方の男が、目盛り縄を堅い地面から延ばした。沈んだ車輪を挟み、両端へ杭を打つ。
「軟らかい範囲は、こちらの杭から向こうの杭まで。危険な中へ入らず、外から測った長さだ」
俺の単位へ直せば、約三十メートルになる。
見た範囲だけを札へ落とす声だった。
ガルムが長い測り棒を、杭の外から斜めに差す。乾いて見えた表面を抜けると、棒は抵抗を失った。
「上だけ殻になっとる。石を撒けば、その重みで殻ごと沈むぞ」
棒を抜くと、先には水を含んだ黒土が付いていた。
荘の水路番が、谷側の斜面を下りた。枯れ草を払った窪みに、黒く腐った木枠の端が露出している。上の横木は折れ、吐口を土が塞いでいた。
「ここが、木組みの|暗渠《あんきょ》の吐口です。水は、ここから谷側の牧草地へ出ていました」
「今は出ていない」
「はい。雪が解け始めてから、こちらばかり増えました」
上流は溜まり、吐口は潰れ、盛土の中だけで水が鳴っている。
「暗渠が通水を失い、水が道の盛土へ回った。今日は、そこまでを書く」
道路方の男が、腐った吐口を札へ写した。
「吐口からどこまで壊れ、詰まりがどこまで続き、どれほど深く掘れば安全かは、まだ書かん」
「|迂回《うかい》は」
俺が聞く。
北の畑縁は乾いていた。しかし荷車が曲がれる幅はなく、冬に種を蒔いた畑と家の石垣に挟まれている。人と馬の通行は認められても、荷車の通行権はない。
南側は低い牧草地だった。棒を入れる前から水が浮く。
「畑は道ではない」
道路方の男が、境石の内側へ立つ。
「今ある共同の荷車道は、ここ一本です。道の境の内なら、道路方が復旧を指図できる」
男は、境石の外を示した。
「だが、人足を置く場所、掘った泥を置く場所、畑から資材を入れる場所は他人の土地だ。使うなら、持ち主の同意と補償が要る」
道を買うというのは、領家の私道にすることではなかった。
誰でも通れる道を戻すため、道の外を使う時間と損失を買うことだった。
道路方の男が、牧草地の端へ調査杭を置こうとする。
「そこへは打たせません」
倉で麦を売ると決めた牧草地の女が、杭の前へ立った。
「麦は売ります。でも、泥を捨てれば春の草が死ぬ。城下を食わせるために、うちの冬の餌まで消す札へは印を押せません」
「それで構いません」
俺は答えた。
「分からない損害へ、先に印を押させません。今日は測る場所と入る場所だけ。無断で水を抜かない。土も捨てない。掘る深さと、泥の量を出してから買います」
荘代は、倉の裏で昔土を採った窪地を、土置場の候補として差し出した。容量が足りるかは、泥の量を出さなければ分からない。
道路方が三日間の測量と試し掘りの進入範囲を線で囲む。領家道路勘定は、候補地を三日押さえる予約料と、実測した作物・牧草の損失を市場値で補償する。復旧した道はリヒト商会の専用にせず、これまでどおり共同の荷車道へ戻す。
荘代、境の地を持つ者、道路方、領家の若い書記が枠組み札へ印を置いた。最終の土置場と補償総額は、泥の量を測った後に別札で決める。
道路方の男が、二本の杭と、乾いた畑縁、濡れた牧草地を一枚の路図へ移した。
道そのものではなく、復旧へ入る三日間を先に買った。
◇
第三荘倉へ戻り、若い書記が枠組み札を封箱の横へ置く。
封箱が開いた。
銀貨と金貨は、持ち主か委任を受けた代理人へ渡る。受取印が一つ増えるたび、元の所有札へ売却済みの割印を置き、その隣へグレンツ家の札と買付け帳の番号を足した。
最後の受取印が置かれる。
「七百二十袋。代金、全て実渡し済みです」
若い書記が、領家の所有札を読み上げた。
麦は、ここで初めて領家の物になった。
そのうち二百八十袋へ赤い麻紐を結ぶ。緊急搬入の対象だ。
残る四百四十袋には、グレンツ家と第三荘倉の二つの封を置いた。所有者は領家、保管を引き受けるのは第三荘倉。払出しは、主計方と蔵番の印が揃った時だけだ。
初めの保管期限と日割りの延長条件、保管料は領家買付け勘定の別札へ書いた。
「持ち主は変わりました。置き場所は変わりません」
荘代が、四百四十の列を見上げる。
「道が開くまで、こちらで預かります」
売買は終わった。
人足が赤い麻紐の袋を、土間の空いた線へ運び始める。
括られていない麦袋は、一度の操作で一袋ずつ選ぶ。十組二十人の人足が交替し、収納線へ入れるのは毎回一組二人だけだ。
荘代が番号を読み、北門の荷改め役が外装を見て、札へ〈商会受取〉の線を引く。そこから北門外の受取線へ完全に戻すまでが、リヒト商会の責任になる。
一袋を選ぶ。
十秒。
麦袋が光の中へ消え、目録に〈第三荘麦・緊急搬入〉が一つ増えた。
「次」
最初の十袋までは、消えるたびに人足の手が止まった。
二十袋を越える頃には、荘代の声が先に飛ぶ。
「次の袋を線へ。札をこちらへ向けろ」
魔法を見物する列が、|荷役《にやく》の列へ変わった。
一袋十秒。二百八十袋で、収納だけでも四十六分四十秒になる。
最後の赤紐が消えると、土間に長い空きができた。格納庫では、約十四トンの麦が三枠を使っている。
「二百八十、収納」
北門の荷改め役が、最後の線を引いた。
四百四十袋は、領家と荘倉の封の下に残る。
帰路の泥手前では、また全員がHMMWVを降りた。格納庫の中には麦がある。その横へ、人のいない車両を一時的に収める。
徒歩で杭の外を回り、北街道側の堅い地面へHMMWVだけを戻した。麦は目録へ残す。
荷車道を直したことには、一度もならなかった。
◇
日暮れ前、北門外の十四区画へ十組の人足が並んだ。HMMWVは荷改め場の端へ停め、M4は弾倉を外して薬室を確かめた。
「搬入申告の品を出してください」
朝の荷改め役が言う。
俺は最初の袋を選んだ。
十秒後、縄の中へ麦袋が現れる。
二人一組の人足が交替で持ち上げ、区画の奥へ運ぶ。元の所有札には売却済みの割印が残り、その隣にグレンツ家の札と買付け帳番号がある。
北門の書記が封、番号、袋の傷を照らし、受取線へ置かれた袋へ〈領家受取〉の線を足した。二十袋ごとに一つ、荷改め印を置く。
見えない荷へ、印は出なかった。
だから二百八十袋を、もう一度、一袋ずつ見える場所へ戻した。
四十六分四十秒。
最後の袋が十四番目の区画へ現れる。
「二百八十。欠けなし。破れなし」
北門の荷改め役が、搬入札へ印を押した。門で生じる費用は、麦代と同じ領家買付け勘定へ入る。
主計方の空荷車を、一台ずつ門外の荷改め場へ呼ぶ。一台へ八袋、十袋と積み、積み終えた車から搬入札とともに門をくぐった。昨日からの払出しで、主計蔵には受入れ用の区画も空けられている。
格納庫は、半日圏の荷車三十台分ほどを一便へ縮めた。
最後に袋を持ち上げたのは、人間だった。
城内荷車が動く間に、俺はHMMWVを城壁外沿いに東門へ戻した。M4と百七十五発を武器区画へ返し、車両を元の車区画へ物理駐車する。
北門へ歩いて戻ると、若い書記が主計方の受取札を持って待っていた。
「二百八十袋、受領。三日分の一般配給札にあった不足は、ゼロです」
契約の銀貨十二枚が、バルツァーの前で数えられた。
「麦の代ではない。緊急一便の運賃じゃ」
「受け取ります」
リヒト商会の自由金は、銀貨二十六枚と銅貨十二枚になった。
画面は開かなかった。
二百八十袋を届かせても、道はまだ一台も通っていない。救助でも、完成したインフラでもなかった。
道路方の男が、危険区間の路図を受取札の横へ広げる。
「水の出口を確かめ、腐った木を出し、軟らかい土を掘る。そこまでは分かる」
男の指が、道の外で止まった。
「掘った泥を、どこへ置く」
俺は答えず、視界の端へ目録を開いた。
【道路応急補修セット:300AP】
【建設重機(ドーザー/ショベル):10,000AP】
村の《モグラ》は、三百キロ先にある。
二百八十袋は止めずに運べた。
次に運ぶのは、約三十メートルの道から掘り出す泥だった。
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【第28話 収支(AP)】
期首 24,570
収入 0
支出 45
期末 24,525
累計 99,315/システムLv3
【第28話 現地通貨】
期首 自由金 銀貨14枚+銅貨12枚
収入 銀貨12枚
支出 0
期末 自由金 銀貨26枚+銅貨12枚

