《転生1日目》
数字を、数え終えた途端——吐き気が来た。
木の根元で胃の中身を空にする。
初めて、生き物を殺した。
あいつらは俺を殺す気だった。撃たなければ、死んでいたのはこっちだ。それは分かっている。
それでも、さっきまで動いていたものが、俺の指先ひとつで動かなくなった。ゲームの経験値表示とは、重さが違った。
『バイタルの乱れを確認。心的反応は正常範囲です。所有者、水分を摂ってください』
「……正常、なのか。これで」
『はい。初めての戦闘で何も感じない個体の方が、統計的に危険です』
アルマの声は相変わらず平坦だったが、その言葉は妙に、効いた。
「アルマ。……周りは」
『現在、検知範囲内に敵性反応はありません』
肩から、力が抜けた。ハンヴィーのタイヤへ背中を預ける。手の震えが収まるまで、十分かかった。
水筒の水で口をすすぎ、何口か飲んだ。三度、深く吸って、吐く。
決算の続きは後だ。まず、空になった銃を生かす。
こいつらが斥候なら、後ろには群れがいる。丸腰で出くわすのが、一番間抜けな死に方だ。
格納庫から、初日に買った弾箱を呼び出す。
|掌《てのひら》の上に現れた厚紙の箱を開ける。中には、油紙にくるまれた裸の実包が三十発。
装填済み弾倉なら200AP。手間はゼロだが、弾倉と弾を別々に買う場合の三倍強だ。
平時から、その値段へ付き合う気はない。弾込めは手作業でやる。
空の弾倉を銃から抜き、箱の三十発を一発ずつ親指で押し込んでいく。
戦闘直後の指はまだ言うことを聞かず、二発、草へ取り落とした。拾って、拭いて、詰め直す。
十五発詰めた弾倉を銃へ戻し、スライドを前進させる。初弾が薬室へ送られた。
よし。これでひとまず、丸腰じゃない。
続けて、予備弾倉を二本購入した。
戦いの前に「稼いでからでいい」と見送った品だ。
一本50AP、計100AP。安くはない。
だが、後退位置で止まったスライドが、まだ目に焼きついている。今の練度では、戦闘中に弾を詰められない。
弾は、弾倉に入っていてこそ弾だ。
9mm弾を十五発、新たに購入して箱へ足す。使った分は、その日のうちに埋める。
それから箱に残る三十発を、新品の弾倉二本へ十五発ずつ詰め、ジャケットの左右の内ポケットへ収めた。
これで即応十五発、予備三十発。ようやく、次の一度に備えられた。
アルマの検知にも、届く距離がある。その外は、俺の耳の領分だ。
手は動かしても、耳は森へ置いたままにした。
装填済みの割増料金は、「準備の手間を金で買う」ための値段だ。
さっきの俺はそれを惜しみ、賭けには勝った。だが、一発も残せなかった。
二度目は、ない。
突撃銃M4A1は1,500AP。まだ、今の俺には届かない。
欲しいものから買うんじゃない。買えるようになっても、必要なものから買うんだ。
銃が生き返ったところで、次は取りこぼした売上だ。
「アルマ。あのプラス十五を、もう少し太らせる手はあるか」
『ございます。討伐対象の体内には「魔石」と呼ばれる結晶があります。摘出すれば売却可能です』
「……摘出。俺がか」
『ナイフはカタログにございます。30APです』
こうして俺は、異世界初日にコンバットナイフを30APで買い、人生初の解体作業をやる羽目になった。
血の臭いに、空になった胃がまた縮む。詳細は省く。省かせてくれ。
収穫は、親指の先ほどの黒い結晶が三つ。システムへ売却すると、一つ5AP、計15APになった。
ゴブリン一体の報酬は10AP。今日の俺は平均五発だから、弾代を引けば一体あたり5APしか残らない。
魔石まで回収して、ようやく10AP。二発で仕留められるようになれば、13APまで伸びる。
つまりこの稼業、命懸けの薄利多売だ。
前世の運送業界と、大差ない。
戦闘の間、体は思ったより動いていた。半歩下がりながら撃っても、視界の端で敵を追えていた。
運動なんて、何年もしていなかった俺の体が、だ。
「アルマ。身体補正の一・二倍って、あれか。今のも効いてたのか」
『筋力、反射、動体視力などへ、それぞれ別の率で掛かっています。総合の評価で、現在が一・二倍。レベル10では、二十倍です』
「二十倍って、人間やめてないか」
『やめていません。効率化しているだけです』
人間の定義が、俺より広い。
十五発で、命中は七発。素人の初撃ちにしては、当たりすぎている。
身体補正は、狙いの震えまで均してくれるらしい。それでも八発は外れ、一発一ポイントずつ土へ埋まった。
「命中率を上げる。話はそれからだな」
『射撃訓練を推奨します。なお、訓練弾も1発1APです』
「経費で落ちないのかよ」
『当システムに経費という概念はございません』
いつか絶対、弾薬工場を買ってやる。
カタログの奥にある「弾薬工場(小口径)——1,000万AP」を、心の帳簿へ書き込んだ。
目標があるのはいい。たとえ、今の資産の一万倍を超えていても。
それから、聞きたくない方の数字も聞いておいた。
「アルマ。ゴブリンの群れってのは、何体くらいになる」
『記録では、十数体から数百体です』
数百。十五発で三体の俺には、桁がふたつ遠い。
ついでに、上の連中の相場も聞いた。オークが50、オーガが300、ワイバーンが2,000。
最上位のページには「竜種:50,000〜」とあった。
一体で、ゴブリン五千匹分。
夢のある話だが、それだけの脅威でもある。当面は、身の丈に合った小口の取引で行こう。
ウィンドウを開く。残高、740AP。
初戦を、頭から通しで締める。
入りは、討伐の三十に魔石の十五で、計四十五。出は、弾の補充とナイフと弾倉で百四十五。
撃ち合いの中だけなら、粗利プラス十五。
生き残るための装備まで入れると、差し引きマイナス百。命を懸けて、赤字である。
……いや、違うな。ナイフと弾倉二本は、消耗じゃなく装備投資だ。
そういうことにしておかないと、やってられない。
日が傾き始めていた。
今夜の寝床は、水源から少し離れた高台と決めている。
水場そのものには獣も魔物も集まる。汲むだけ汲んで、離れて寝る。
それに——斥候が戻らないと知った群れが、いつ様子を見に来るかは分からない。殺した場所で寝る気はなかった。
死体を放置すれば、ほかの魔物を呼ぶとアルマは言った。
俺は車載の折り畳みシャベルで三体を浅い穴へ押し込み、土と落ち葉を厚くかぶせた。それから、ハンヴィーのエンジンをかける。
V8ディーゼルの野太い音が、静かな森へ響き渡る。この音だけで、大抵の獣は逃げるらしい。
世界最強の熊よけだ。
魔物の耳にどう響くかは、まだ知らない。
北東へ二キロ。林床は疎らで、木々の間には獣道めいた隙間が続いていた。
速度を人の早歩き程度まで落とし、等高線を読みながら|灌木《かんぼく》を避ける。不意に、視界が開けた。
小さな泉だ。夕陽が、水面を橙色に染めている。
泉の先は緩やかな下り斜面で、森の切れ目から谷の向こうまで見通せた。
ここまでは、いい。
泉の向こう、森が途切れる方角の空に、細く黒い筋が立ち上っていた。
|焚《た》き火の煙じゃない。もっと太く、もっと汚い、何かがまとめて燃えている煙だ。
俺は双眼鏡を目へ当てた。
距離は、およそ四キロ。木々の切れ間に、石積みの壁と崩れた屋根が見えた。
——村だ。村が、燃えている。
群れは、どこにいる。
……その答えが、四キロ先で燃えていた。
『所有者。進路の再設定を行いますか?』
アルマの問いに、俺はすぐには答えられなかった。
関わるべきじゃない。
残高は740AP。弾は、M9の薬室と三本の弾倉に合わせて四十五発。自分ひとりの命綱が、やっとの細さだ。
だが、双眼鏡の視界の端で、小さな影が壁の陰に走り込むのが見えた気がした。
大人にしては、小さすぎる影が。
「……アルマ。M240を、今すぐ使う方法はないか」
『ありません。交換にはシステムレベル2、および4,000APが必要です。……そして所有者、そもそも残高が不足しています』
知っている。知っていて、それでも聞いた。
俺は双眼鏡をしまい、アクセルを踏み込んだ。

【第2話 収支(AP)】
期首 870
収入 +15
魔石(小)3個の換金 +15
支出 −145
9mm弾 15発の補充 −15
コンバットナイフ −30
予備弾倉 2本 −100
期末 740
累計 1,045/システムLv1
【手持ち】
9mm弾 45発(薬室1+装着弾倉14+予備弾倉30)/コンバットナイフ/MRE 5食
※集計範囲:第2話単独の増減=−130(魔石+15/支出−145)。初戦一件の通算=−100(討伐+30は第1話で計上)。ナイフと弾倉は消えずに残る買い物=装備投資。

