第12話 帳簿に名前を 転生特典は米軍払い下げ?〜弾丸1発1ポイント。ハンヴィー1台から始める異世界軍事立国、気づけばイージス艦まで揃ってました〜

《転生9日目・夜》

「貴方、私に買われる気はなくて?」

 焚き火の向こうで、リーゼロッテ・グレンツは扇を閉じた。

「ありません」

 即答すると、フェルゼン卿の手が剣の柄へ動いた。

「兵器の仕入れ先も分からぬ男へ、辺境伯家の兵站を預けるおつもりですか」

「断られたのは買い取りです。取引の席まで失ったわけではありませんわ。フェルゼン卿、手を」

 卿の手が止まる。リーゼロッテは俺へ視線を戻した。

「違いを伺っても?」

「買った側だけが値段を決めるか、両方で決めるかです。人間は売らない。取引ならする」

 彼女は一度、目を瞬いた。それから扇の向こうで、小さく声を立てて笑った。

「よろしい。明朝、わたくしは権限と代価を机へ置きます。商人どのも、ご自分の値札をお持ちになって」

 買い物に失敗した顔ではなかった。商談の入口を見つけた顔だった。

 ◇

《転生10日目・朝》

 夜明け前、俺は一人で森の際へ出て、昨日のうちに仕入れておいた機械を取り出した。

 暗いうちは動かさない。付属の教範を灯りの下で読み、車体を一周して、履帯、油の漏れ、バケットの固定を確かめる。座席では、ブームを上げ下げし、アームを伸ばして引き、バケットを巻き込んで返す順番を、エンジンを掛けずに繰り返した。

 空が白んでから、ヤンを合図役に呼んだ。村の南東、耕作地の外にある乾いた高まりへ、黄色い機械を自走させる。前日のうちに、ヤンと農夫が三か所へ試し穴を掘っていた。井戸と小川の集水域から外れ、どの底にも水は出ていない。

 掘削場所の周囲へ縄を張り、村人と騎士を旋回範囲の外へ下げる。馬はさらに西へ。子供は石壁の内側だ。機械へ近づいてよいのは、俺がバケットを地面へ置き、エンジンを切ってからと決めた。

 最初は、人の膝ほどの浅い試し掘りを十回。三回目でバケットを深く入れすぎ、車体の前がわずかに沈んだ。俺はそこで止め、排土板を下ろし、浅い角度からやり直す。

 十一回目で、本番の線へ鉄の腕を伸ばした。バケットが土を噛み、巻き込み、横へ返す。一度の往復で、手押し車数杯ぶんの土が動いた。

 穴は、千体を一度に呑ませる一本の大溝にはしない。十数メートルごとに区切り、埋めた区画から土を戻す。底へ一層に並べても、一メートル近い土が被る深さにする。ゴブリンとオークは別の区画へ分け、巨体のオーガには幅の広い穴を別に掘る。

 全部を焼く案は捨てた。千を超える死体を薪で灰にすれば、村が冬を越す燃料まで消える。焼くのは、血を吸った藁と汚れた布、拾い切れない細かな肉片だけだ。

 魔石を抜いた数、種族、拾った場所は野帳へ残す。地中へ紙は入れない。埋め戻した区画の頭へ、同じ番号を刻んだ杭を打つ。今日中に終わる仕事ではないが、十五人の男を十日縛る仕事でもなくなった。

 エンジンを止め、バケットを地面へ置く。縄を解く前に、髭の農夫が溝の縁まで来て、切り立った土の壁を長いこと眺めた。

「……儂の一生ぶんじゃ」

 掘った土の量の話だ。たぶん、嘘じゃない。

 最初の区画へ、魔石を抜き終えたゴブリンを運ぶ。直接抱えず、長鉤と縄で損傷荷車へ載せた。ヤンが一体ずつ数を読み上げ、俺は種族と回収場所を野帳へ付ける。底へ一層に並べ終えると、全員を縄の外へ出した。

 もう一度エンジンを掛ける。掘り上げた土を少しずつ戻し、最後に排土板で低い盛り土へ均した。ヤンが区画番号を刻んだ杭を頭へ打つ。ここまで済ませて、ようやく一つだ。

 騎士の馬は、離していても首を振り続けた。村人の反応は逆だった。子供らは石壁の向こうから黄色い車体を眺め、ものの半刻で名前を付けた。土を食って山を吐くから——モグラ。鉄の馬車より、よほど親しみやすい名前をもらっている。

 リーゼロッテは、最初の番号杭と、壁の修理へ戻っていく男たちを見比べていた。

「これは、何をする道具ですの?」

「掘る。埋める。均す。何も撃たない」

「先の戦で、千二百を退けた方が、次に買ったのは、さらに殺す道具ではないのですね」

 フェルゼン卿が何か言いかけ、扇がそれを制した。

「戦う鉄の馬車より、高そうですわね」

「倍します」

「まあ」

 扇が、口元で止まった。

「……なぜ、そちらを先に?」

「勝った後に、人でいるための銭です」

 彼女の目が、機械から、鍬を置いて壁と畑へ戻る男たちへ移った。

「穴を掘っていた者たちの時間を、一台で買い戻したのですね」

「十五人を十日縛るはずだった。死体を運ぶ手は残る。それでも、穴を掘る時間は壁と畑へ返せます」

 リーゼロッテは、もう一度モグラを見た。

「黒い得物は、戦の勝敗を変えます。けれど、これは道も、堀も、水路も変える。領地の形を変えてしまいますわ」

 閉じた扇の先が、俺へ向く。

「昨夜、貴方の帳簿に値を付けました。今朝、まだ安かったと分かりましたの」

 訊き返す前に、彼女は蔵の前へ歩き出した。

 二つ目の区画へ最初のひと掬いを入れたところで機械を止め、俺も後を追う。埋葬は、まだ始まったばかりだ。野では、血を吸った藁と布だけを集めた、小さな焼き場の煙が上がっていた。

 蔵の前に、荷車の板を渡しただけの机が出た。

 こちらは俺とトメ婆。包帯だらけのガルムは椅子に座り、杖を膝へ預けている。ミアとヤン、それに歩ける村人たちが、少し離れて机を囲んだ。

 向こうはリーゼロッテと、書記、フェルゼン卿。騎士たちは村の外で馬を休ませていた。

 リーゼロッテは、黒鷲の印章指輪を見せた。机には、同じ印で封じた父親の書状も置く。

「商談の前に、わたくしが今日決められる範囲を示しますわ」

 翻訳の目で読む。東部防衛、被災開拓地の再登録、三年以内の租税・賦役・兵役の免除、辺境伯家名義の御用契約。父であるグレンツ辺境伯が、その裁量を彼女へ預けるとある。

「領全体の法を変える権限まではございません。ですが、この机で決めた範囲なら、持ち帰って反故にはできませんわ」

 少なくとも、封書に書かれた範囲では、彼女の言葉が辺境伯家の決定になる。

 先に動いたのは、リーゼロッテだった。

 麦蔵から借りた種麦を三粒、板の上へ置く。

「昨日、トメ殿と蔵を検めました。冬畑は半分失われ、残った麦を食べ切れば春に蒔く物がなくなる。この村は戦には勝ちましたけれど、冬と春を同時には買えません」

「冬を教えに来たなら帰りな」

 トメ婆は三粒を、リーゼロッテの側へ押し返した。

「取引に来たなら、値段を言いな」

「種麦と越冬の糧食。それに大工を二人、先に送ります」

「三人だよ」

「二人で足りますわ」

「屋根を直すのは、あんたじゃない。焼けた家もある。三人だ」

 一拍だけ、碧い目と老婆の目がぶつかった。

「……三人。腕の良い者を」

 リーゼロッテは書記へ短い指示を書かせ、封を置いた。その紙を、待機していた騎士へ渡す。

 馬蹄の音が一頭ぶん、西へ遠ざかっていった。

「まだ契約書へ判を押していませんよ」

「ひとつは決まりましたもの。決まった荷を、机の上で腐らせる趣味はありませんの」

 先払いを口上ではなく、走り出した馬で見せる客だ。

「代わりに、わたくしが買うものは二つ」

 彼女は書記の白紙へ、扇の先を置いた。

「まず一年、月に一日。城下で、配置、運搬、保管の考え方を兵站方へ教えること。往復の旅費と宿はこちらが持ちます。仕入れ先や、黒い得物の仕組みまで話せとは申しません」

「もう一つは?」

「東へ退いた残党へ対処する必要が出た時、最初に貴方へ見積もりを求めます。使える手段、人手、日数、値段は貴方が示す。双方が納得した時だけ、一件ごとに現金で依頼しますわ」

「倒した魔物の石は?」

「持ち帰れる分は、貴方の取り分です。それも勘定に入れて、値をお出しになって」

 無期限の奉公でも、ただ働きでもない。悪くない。だが、客の住所が空欄だった。

「その前に、この村を辺境伯家の帳簿へ載せてほしい。公認の村として。村の長は、村が選ぶ」

「登録はできます。ただし年に一度、戸数と収穫を報告すること。自治とは、領の帳簿から消えることではありませんの」

「それでいい。税は三年、なしだ」

 机の外から、髭の濃い農夫が声を上げた。五人の子を持ち、逃げるか守るかを決めた朝にも、最後まで問いを重ねた男だ。

「税だけでさあ? 領の村になりゃ、道普請に呼ばれる。お上の戦で若いのを取られることもあるんでねえですかい」

 公認は庇護だけではない。義務の口座も開く。

「税も、賦役も、徴兵も。三年間は課しません。後から未納として取り立てることもありませんわ」

「なぜ、そこまで」

「氾濫を止めた直後の村から人と種を抜けば、四年目に取る税まで消えますもの。温情ではなく、投資ですわ」

 農夫はしばらく彼女を見て、それから深く頭を下げた。

「住民の記載は、人間十五、獣人十五でよろしいですか」

 書記の問いに、俺は首を振った。

「住民三十。区分は一つだ。この村に住む獣人は、人間と同じ領民として記してくれ」

 羽根ペンが止まった。

「姫様。前例がございません」

「領全体の扱いを変えろとは言っていない。この村の戸帳の話です」

「それでも、最初の一例になります」

「昨日、騎馬隊を誰より先に聞きつけたのは、ミアの耳でした」

 リーゼロッテは、机の外で耳を伏せかけた少女を見る。

「功績は領の軍記へ載せて、本人だけ村の戸帳で別の枠へ追いやるのですか。わたくしどもの帳簿が、ずいぶん間抜けに見えましてよ」

 フェルゼン卿は黙った。リーゼロッテが書記へ向き直る。

「住民三十。注記は不要です」

 ペンが、もう一度走り出した。

「契約は、双方対等の取引として——」

「その語は書けません」

 今度は書記が、自分から筆を止めた。

「辺境伯家の封印を置く調達契約には、登録された相手方が必要です。この方には領民籍も組合籍も、屋号もございません」

「なら、どう包む」

「グレンツ家の御用商人に任じます」

 リーゼロッテが答えた。

「書面の形は、辺境伯家が御用商人へ仕事を求めるもの。ですが、別紙に値決め、守秘、解除の条項を置く。三者の署名なしには変えられません」

「御用商人なら、城下で店を出せるのか?」

「それは商人組合が守る、別の門ですわ」

 貴族の印を得ても、市場の門は開かないらしい。次の面倒が、もう一つ見えた。

 書記が下書きへ記した一文を、ガルムの杖が叩いた。

「『家の求めに応じる』は消せ」

「ガルム?」

「その一行で、銭も払われず死ぬまで働かされた傭兵を、儂は樽で見てきた。講義と、東の仕事。それより先まで口を開けておくな」

 書記がリーゼロッテを見る。彼女は迷わず頷いた。

「講義の十二回と、個別に合意した依頼に限る。そうお書きなさい」

「もう一つ、曖昧にはできません」

 フェルゼン卿が、初めて机へ手を置いた。

「この男が明日、同じ武器を帝国へ売れば、次にあれを浴びるのは我らです」

「先の戦で使われた類の武具と、自ら走る鉄の車を、帝国またはグレンツ領外へ売らない。有事には、売れる在庫の範囲でグレンツ家を優先する。——これは譲れませんわ」

「優先は、ただ働きじゃないな」

 ガルムが念を押す。

「もちろん。値は付きます」

「呑む。代わりに、仕入れ先を問わないこと。村と俺の荷へ、断りなく手を入れないこと。必要なら値札を見て買ってくれ」

「仕入れ先は問いません。こちらから外へ明かすこともない」

 リーゼロッテはそこで一度、言葉を切った。

「ただし、どんな疑いがあっても荷を調べさせない、という条件は呑めません。帝国への横流しや、契約で禁じた武具を領外へ出したと疑うだけの証拠が出た時は、検査を認めていただきます」

 リーゼロッテは、白紙の一角を扇で押さえた。

「その場合も、辺境伯印の命令書へ理由と対象の荷を記す。村の荷なら村の代表、貴方の荷なら貴方か代理人を立ち会わせ、命令書にない箱は開けない。開封した品と結果を記録し、壊した封や容器は辺境伯家が償います」

「兵が口頭で蔵を開けることは?」

「認めません。徴発も禁止します。必要なら、品名、数量、価格を帳簿へ残して買い上げる。ですが、正規の検査まで拒むのであれば、御用商人には任じられませんわ」

 兵が勝手に箱を開けることはできない。一方で、俺も契約違反の荷へ不可侵の札を貼ることはできない。互いの手を、同じ紙で縛る条件だった。

「それでいい」

 条件が一通り紙へ落ちたところで、俺はトメ婆を見た。

「俺一人で決めていい契約じゃない。村は、どうする」

 トメ婆は腰の袋を外し、机へ中身を広げた。白い小石が二十八個。黒い石は、一つもない。

「夜明けに、歩ける者へ聞いたよ。村長を自分らで選ぶ。三年は人も銭も取られない。獣人を別に数えない。この三つを取れたら、領の帳簿へ載るかってね」

 婆さんは、白石を一つ摘まんだ。

「皆、聞いてた通りだ。乗るともさ」

 書記は正本を三通、最初から書き直した。辺境伯家と村、それに俺が一通ずつ持つ。変更には三者の署名が要る。

 最後の空欄で、羽根ペンが止まった。

「村の名は、何と記しますか」

 誰も、すぐには答えなかった。

「開拓の届けじゃ、『東方第三開拓地』だよ」

 トメ婆が頬を掻く。

「名前なんて上等なもん、付けないまま二十年きちまった」

「名のない村は、地図に載りませんの」

 リーゼロッテの声が、少しだけ柔らかくなった。

「載らない村は、次に何か起きても、また頭数へ入りません。今、ここでお決めなさいな」

 沈黙の裾から、小さな声がした。

「……ひかりの、むら」

 ミアだった。皆の目が集まると灰色の耳を伏せ、それでも続ける。

「くらいばんに、ひかりが、みんなを、あつめた。ガルムのおじちゃんも、ひかりを見て、きた。だから」

「ああ。そうだねえ」

 トメ婆が目を細めた。

「あの灯りを見て、散った皆が戻ってきた。村が、もう一度始まった晩だよ」

 リーゼロッテは羽根ペンを取り、空欄へ文字を置いた。

「領の古い言葉で、灯りは〈リヒト〉。——リヒト村。良い名ですわ」

 署名へ移ろうとして、右手が止まった。

 親指と人差し指が、羽根ペンの柄を挟んだまま閉じ切らない。ペン先に溜まったインクが、紙の上で黒い粒になる。

「書記。三通の条文を、頭から照合なさい」

 命令の声には、乱れがなかった。

 書記が読み上げる間、リーゼロッテは右手を机の下へ置いた。フェルゼン卿は、その手を見たまま動かない。

 照合が終わる頃には、彼女はペンを持ち直していた。三通へ署名し、封蝋へ黒鷲の印を押す。線も印も崩さなかった。

 二度目だ。偶然の欄からは外す。原因の欄は、まだ空白のままにした。

 トメ婆が村の代表として拇印を置き、俺は御用商人の欄へ署名する。フェルゼン卿とガルムが証人になった。

 リーゼロッテは契約正本の一通と、封印付きの任命状の写しを俺へ渡した。任命状には、俺の名と、リヒト村を拠点とする御用商人であることが記されている。屋号の欄はない。

 紙が完成してから、革袋が机へ置かれた。

 鈍い音が、五十枚ぶん重なる。

「契約支度金ですわ。五十枚すべて、御用商人となる貴方個人への報酬です。今後の掃討代から差し引く前金でも、村への援助金でもありません」

 俺は二十五枚を数え、トメ婆の前へ滑らせた。

「その二十五枚は?」

「村の魔石を買う代金です。蔵へ分けた新しい魔石二百二十個を、村から買う。城下の看板値なら金貨二十枚。傭兵の持ち込みなら十四枚前後。俺は二十五払う。ここで、今すぐだ」

「……正気かい」

 若い衆が、蔵から袋を二つ運んできた。

 大袋には、先の戦で取り置いた二百二十個。小袋には、襲撃前から村が持っていた三十八個が入っている。

「買うのは大袋だけだ」

 俺は小袋を、トメ婆へ押し戻した。

「それは最初から村の物だ。混ぜるな。次の非常用に残しておけ」

 大袋だけを自分の側へ引く。これで魔石二百二十個は俺の物になり、支払った二十五枚は村の物になった。

 元の革袋に残った二十五枚を、自分の前へ置く。

「残りは、どうするつもりだい」

「俺名義の事業資金にする。この村を拠点に商売を始めるための金だ。寄付でも貸し金でもない。この村との商いへ、俺が投資する」

「とうし、とは?」

 トメ婆の前で帳面を開き、二行書いた。

〈リヒト村共有金 金貨二十五枚〉
〈相馬拓真・事業資金 金貨二十五枚〉

「上は、魔石を売った村の金だ。冬糧にするか、種にするか、村で決めればいい」

 次の行を、指先で叩く。

 リーゼロッテが、革袋へ扇の先を向けた。

「契約支度金は、御用商人となる貴方へ辺境伯家が払った報酬です。村への援助金ではありませんわ」

「釜、荷車、材料、町で商いをするための保証金。働く者の賃金も、売れる前に払う。この村と一緒に、売れる荷を作るために使う」

「使い道も、あんたが決めるのかい」

「村の人手や材料を使うなら、そっちの同意も要る」

「儲けは半々だ」

「元手も売り先も俺だ。費用と元金を戻した後の純益は、店に二、村に一」

 リーゼロッテが、二行の間へ扇の先を置いた。

「売れなかった時は?」

「賃金と材料代は払う。村が返すんじゃない。減るのは俺の二十五枚だ」

「なら、貸付ではありませんわね」

「井戸や畑を抵に取る気じゃないだろうね」

「土地も、人も買わない。一年間、村と合意した荷にだけ使う。俺が口を出すのは、品質と売り先と値段までだ」

 トメ婆はしばらく俺を見て、鼻を鳴らした。

「口も出す。儲けたら取り分も持っていく。やっと商人らしいことを言ったね」

「ただで渡したら、赤字でも文句を言えないからな」

「わたくしが買ったのは、その帳簿でしたわ」

 辺境伯家の書記が、二行を別紙の投資覚書へ移した。俺とトメ婆が一通ずつ持ち、更新も清算も、双方の署名なしでは決めない。

 村の二十五枚はトメ婆の袋へ。俺の二十五枚は、自分の革袋へ戻した。同じ机に載っていても、もう同じ金ではなかった。

 村には、魔石を売った二十五枚。俺には、買った魔石と、自分名義の事業資金二十五枚。辺境伯家には、働く御用商人。

 三方の帳簿が同時に黒字になる取引を、俺の前世では商売と呼んだ。

 ◇

 昼前、騎馬隊は三十騎で隊列を組んだ。契約の途中で西へ走った一騎は、もう戻らない。村の伝令は、こちらへ残った。

「大工三人と種麦は、半月ほど。糧食は、その七日ほど後になりますわ」

 鞍上のリーゼロッテが、契約の控えを扇で叩いた。

「ひと月後、城下でお待ちしております。それまでに屋号を考えておいてくださいまし。今お渡しした任命状は貴方個人のもの。店を持つなら、商人の看板には別の名が要りますの」

「宿題まで、契約に入ってましたか」

「いいえ。商人組合という次の門を叩くための、名札ですわ」

 最後まで一枚上手の顔で、彼女は馬首を西へ向けた。

 三十騎が街道へ消える。徒歩十日の使いを騎馬隊に拾われ、二日余りで戻った若い伝令が、見送りの列で誰より深く頭を下げていた。

 ◇

《転生10日目・夜》

 日が落ちてから、峠を見張りに出ていた獣人の狩人が戻った。

「蹄の跡は、全部、西へ抜けた。引き返した跡はない」

 閉じた麦蔵の中で、大袋を開く。

【魔石換金:ゴブリン180個/オーク30個/オーガ10個】
【+2,000AP】【現在残高:35,720AP】

『現地貨幣、魔石、AP。三つの市場をつないだ調達を確認しました。見事です、所有者』

「褒めても手数料は出さんぞ」

 金貨そのものは、システム商品の支払いには使えない。だが格納庫への収納は別だ。村の二十五枚は、塩にも種にもなる。俺の二十五枚は、釜と荷車と町の保証金になる。そして魔石は、弾と薬と毛布になる。

 残る金貨二十五枚を、革袋ごと格納庫の目録へ加えた。

【現地貨幣を収納しました】
【金貨:25枚/所有者:相馬拓真】
【AP残高:変動なし】

「入るのか」

『はい。現地由来の貨幣、道具、商品も保管できます。ただし、保管しただけではAPへ変わらず、格納庫の容量を使い、同じ現物として戻ります。また、格納中は腐敗、乾燥、熟成、発酵などの時間が止まり、取り出した時点から再開します』

 村の二十五枚も、種麦も冬糧も入れれば、鍵も夜番も要らなくなる。だが格納庫を開けられるのは俺だけだ。俺が城下へ出ている間や、死んだ後に、村が自分の金と食い物を取り出せなくなる。

 村が生きるための金と糧は、村の手で開けられる蔵へ。俺の金と、一時的に運ぶ荷だけは格納庫へ。安全だから何でも呑ませていい、とはならない。

 金貨も、毛皮も、塩も、これで重さを消して運べる。ただし増えもしなければ、勝手に銭へ化けもしない。格納庫は財布でも市場でもなく、容量のある倉庫だった。

 辺境伯家の荷が届くまで半月。領主の仕事としては早い。子供の破れた靴が待つには、長い。

 俺は「行商の荷が届いた」と言って、蔵の前に箱を積んだ。

【被服・越冬生活物資一式:-1,500AP】
【内容:毛布40/防寒外套35/肌着・靴下/子供用の靴と手袋/石鹸・蝋燭ほか】
【現在残高:34,220AP】

 婆さんたちは大人用の肌着を子供の幅へ詰め、獣人の外套には尾の位置へ印を付けた。切れ目を入れ、縁をかがるのは村の仕事だ。

 ミアの継ぎだらけの上着は、洗って予備へ回された。本人は新しい靴を胸へ抱えたまま、なかなか手放そうとしなかった。

 広場では、リヒト村で最初の宴が始まった。

 麦粥に、リーゼロッテが置いていった干し肉と葡萄酒が回る。新しい毛布を肩へ掛けた者が笑い、包帯の白だけが、あの戦の代価を忘れさせなかった。

 俺はカタログを開き、棚に置いたままだった一行を注文する。

【蒸留酒(一箱・十二本):-300AP】
【現在残高:33,920AP】

 格納庫から預かっていた、厚手の空瓶を取り出した。

 ガルムの眉が、片方だけ上がる。

 蒸留酒を注ぎ口まで満たし、老傭兵へ返した。

「戦は終わった。今日は出す日だ。——契約は、果たすもんでな」

「……ふん」

 ガルムは瓶を月へ透かし、一口だけ飲んだ。それから栓を戻し、腹の底で笑う。

「気前がいいのか締まり屋なのか、いまだに分からん雇い主じゃわい」

「両方だ。補給屋だからな」

 火の粉の先に、二つの月が並んでいた。森の底で、初めて見上げた夜と同じ月だ。

 あれから十日。

 焼けた村は、領の帳簿に名前を持った。人間も獣人も、三十人は一つの村の住民として、同じ行へ載った。

 俺は最初の大口取引先と、封印付きの任命状を手に入れた。

 帳簿をめくり、新しい頁の一行目へ書く。

 ——屋号、空欄。

 村の名は埋まった。次は、店の名前だ。

(第1部・完/第2部「商会・領地編」へ続く)


━━━━━━━━━━
【第12話 収支(AP)】
期首 33,720
収入 +2,000
 村から買い取った魔石220個を換金 +2,000
支出 -1,800
 被服・越冬生活物資一式 -1,500
 蒸留酒一箱 -300
期末 33,920
累計 95,245/システムLv3

【手持ち】
7.62mm弾 3,600発/5.56mm弾 184発/9mm弾 213発/M67手榴弾 10個/MRE 11食/蒸留酒 11本/建設重機(モグラ)

※金貨・銀貨・銅貨と現地の荷は格納庫へ収納できます。ただし格納しただけではAP残高は増えず、システム商品の決済にも使えません。格納中は腐敗・乾燥・熟成・発酵などの時間が止まり、取り出すと再開します。魔石代の金貨二十五枚は村の共有金、残る二十五枚は拓真個人の事業資金。寄付でも預り金でもなく、拓真が損失と利益を引き受ける商売です。

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