《転生およそ81日目・夕刻》
M4と予備弾倉を先に出してから十秒。二・五トンの鉄が東門外の荷車回し場へ現れた。
誰も、目を逸らさなかった。
土へ沈んだ四本のタイヤ。角張った車体。消えていたはずの物が光の中で重さを持つと、壁際へ下げられた馬が前脚を上げた。
東門の上役、門番二人、血を流した|道路方《どうろかた》の男。外市の荷役人を一人。そこまでで五人だった。
六人目からは、もう数えなかった。
足元には、衛生兵の|背嚢《はいのう》一つ、折り畳み|担架《たんか》二つ、負傷者四人分の保温材、荷締め具一式。
【救急資材一式:-390AP】
何人いるかも、どこを傷めているかも分からない。足りる品ではなく、今の三人で運べる品を選んだ。
【燃料九十リットル:-45AP】
【現在残高:32,845AP】
燃料の匂いが立ち、計器の針が上がる。東門番所へ預けた帰路荷から、ミアのイヤーマフと、清潔な羊毛の耳栓を二組受け取った。
「ガルム、救急袋を。ミアは後ろへ乗れ。耳当てはまだ首に掛けておけ」
「旦那。大剣の封は、ここで切るぞ」
「頼む。だが追うな。残っている人を運ぶ」
俺とガルムは羊毛を耳へ詰めた。救急袋と大剣を車内の固定帯へ留め、担架と保温材も荷台へ縛る。
M4の薬室と安全装置を確かめ、予備弾倉は腰の袋へ入れた。ガルムとミアが安全帯を掛けるのを待ち、運転席へ座る。
東門の上役が回し場の端を空けさせた。
「騎馬は後から出す。戻ったら門の外へ寄せろ。閉門後でも、ここの火は消さん」
「助かります」
「今の鉄については、戻ってから聞く。行け!」
エンジンを掛けた。
ディーゼルの唸りが外壁へぶつかり、外市の|幌《ほろ》を震わせた。人の列が左右へ割れる。踏み込むと、重い車体が東街道の|轍《わだち》を噛んだ。
石畳はすぐ土道へ変わった。
荷車なら半刻以上かかる六キロを、前照灯で削っていく。浅い穴を踏むたび、ガルムの肩が扉へ当たり、荷台の担架が固定帯を鳴らした。
「たいちょう。ひとの、ち。けもの、まだ、いる」
後ろで、ミアが首のイヤーマフへ手を掛けている。
「どっちだ」
「まえ。みぎの、もりにも」
石切り場を過ぎる。第七杭の先は、道の半分が掘り返された|切通《きりどお》しだった。柔らかい路肩へ、片輪を落としかけた小荷車が見える。
荷馬は道の中央で倒れていた。
その向こうに、灰色の背が四つ。窪んだ石組みの周りにも二つ。森際の影が二つ動いた。
八体。
窪みでは、道路方の男が二人、つるはしと|鋤《すき》を振っている。もう一人は地面へ膝をつき、誰かの脚を布で押さえていた。
「ミア、車から出るな。数だけ言え」
「はち。ひだり、くる」
俺が耳を指すと、ミアはイヤーマフを押し下げた。
負傷者を巻き込まない位置まで進み、車体の鼻先を獣へ向けて斜めに止めた。ブレーキを踏み、M4を掴んで降りる。
ガルムは反対側へ出た。
「左は|儂《わし》が止める。旦那は前じゃ」
先頭の一体が、倒れた荷馬を越えた。
安全装置を外す。
二度引いた。肩へ反動が返り、|薬莢《やっきょう》が踏み板を跳ねる。獣がなおも二歩進んだところへ、もう一発を入れた。
前脚から崩れる。
石組みへ頭を入れていた二体目が振り返った。口元が黒い。こちらへ向き直る前に三発。身体が半回転し、掘り返した土へ落ちた。
「たいちょう、みぎ!」
森際の一体が、車体を回り込んで窪みへ走る。
横へ二歩ずれ、獣の背後へ切通しの土壁を置いた。照準を胸へ戻し、三発。最後の一発で肩が落ち、獣は道路方の男まで五歩のところで滑った。
左で鉄が鳴った。
ガルムが大剣の腹で飛びついた一体を逸らし、返す刃を首の付け根へ入れる。灰色の身体が扉の前へ落ちた。
残る四体が森へ向きを変えた。
「追うな!」
「分かっとるわい!」
ミアが後部座席から東を向く。耳当てを片方だけ浮かせ、遠ざかる音を拾った。
「よっつ。ひがし。はなれた。……でも、とまった」
銃口を下げず、十まで待った。
戻ってこない。
【狼型魔物討伐×3:+60AP】
【現在残高:32,905AP】
森の奥で、四つの喉が短く鳴き交わした。逃げ切ったのではない。銃声から距離を取っただけだ。
「ガルム、森を見ろ。ミアは残りを聞いてくれ」
「うん」
「道路方の者! 動ける者は、獣を追うな。怪我人のところへ戻れ!」
M4へ安全装置を掛けた。
救急袋を背負い、石組みへ走った。
◇
小荷車の脇に、御者が仰向けで倒れていた。
「アルマ」
【生命反応を確認できません】
首へ手を当て、胸を見た。答えは変わらない。
窪みには五人いた。
ヨナは土の上へ寝かされ、左の太ももを布で押さえられている。道路方の男が両手へ体重を掛けても、その下から血がにじんでいた。
ネルは父親の上着を握ったまま、石壁へ背をつけている。額の脇が切れ、右腕を胸へ抱えていた。
残る道路方は三人。圧迫を続ける一人、ふくらはぎを噛まれて座り込む一人、肩を浅く切られながらも鋤を手放していない一人。
「その御者が、子供を窪みへ放り込んだ。父親を引きずって、自分が入る前にやられた」
肩を切った男が言った。
無傷なら、五人を詰めることはできる。だが固定できる担架は一床。脚を曲げられない怪我人を、荷物のように重ねるわけにはいかない。先に、運べる状態へする。
「この手を、まだ離すな」
ヨナの太ももを押さえる男へ言い、救急袋を開いた。
村長を看取った夜から、教範の|頁《ページ》を開き、村の救護班と止血、固定、保温を繰り返してきた。それでも、生身の血は一行ずつ待ってくれない。アルマに手順を一つずつ読ませる。
傷より上へ|止血帯《しけつたい》を回し、締める。ヨナの身体が跳ねた。さらに締めると、布の縁から広がっていた赤が止まった。
「締めた刻を残す。何か刻める物は」
「これを」
道路方の男が自分の割り木へ日没前の刻を削り、止血帯の端へ結んだ。
「助かる」
ヨナの口元へ耳を寄せる。息はある。胸も左右で動いている。呼び掛けると、まぶたが薄く開いた。
「ネルを……先に」
「二人とも運ぶ。喋るな」
断熱材を土と身体の間へ滑らせ、保温布で肩から包む。脚の両側へ布を巻いた長い板を添え、脚全体が動かないよう支えた。
画面には、押せる項目が白く出ていた。
【対象の損傷は重傷区分です】
「ヨナ。運べるところまで傷を安定させる。失った血は戻らない。それでも使うか」
灰色の耳が、わずかに動いた。
「……頼む」
【重傷治療:-1,000AP】
【処置を開始します】
【現在残高:31,905AP】
青白い膜が、左の太ももの傷口を包んだ。止血帯と刻札は、光の外へ残っている。
ヨナの呼吸が一度浅くなり、ネルの指が上着へ食い込む。次の息は、さっきより長く入った。
傷は消えていない。それでも、首へ触れた脈は、先ほどより強く指を押した。止血帯の下にも、新しい血は広がっていない。
「父さん?」
「息はしてる。今は寝かせる」
ネルの前へ膝をついた。
「額と腕を診る。触っていいか」
「父さんのそばで」
「ここでやる」
額へ清潔な布を当て、右腕を添え木で支える。指は動き、息も乱れていない。保温布を肩へ回すと、強張っていた顎が少し緩んだ。
「脚へ包帯を巻く。いいか」
「頼む」
噛まれた男には|圧迫包帯《あっぱくほうたい》を巻いた。肩を浅く裂かれた男の傷も、清潔な布で押さえる。残る一人は仲間を手伝いながら、森から目を離さなかった。
そこで初めて御者のところへ二歩戻り、雨覆いの切れ端を男の顔へ掛けた。
「旦那。東へ逃げた足跡は四つじゃ」
石壁の外から、ガルムの声がした。
「ミアも同じ数を聞いてる。追い返しただけと思え」
「ヨナとネルを先に運ぶ。もう一人、呼吸を見られる者が要る」
「さっきまで太ももを押さえとった男を乗せろ。締めた刻も、息の変わり方も見とる」
「そうする。肩を切った者も後ろへ。脚を噛まれた者は曲げられない。二床目で後続を待つ」
遠くから|馬蹄《ばてい》の音が来た。
東門の騎馬二人が、最後の明るさの中を駆けてくる。俺たちの車を見るなり馬が横へ跳ねたが、先頭の兵は飛び降り、馬の首を叩いて静めた。
「門から来た! 生きているのは何人だ!」
「生きているのは五人。御者は亡くなっている。灰色の獣が四体、東へ逃げた。怪我人を二組に分ける」
兵は御者の顔に掛けた布を見て、一度だけ|頷《うなず》いた。
「一人は門へ戻って報せる。俺はここに残る」
鉄の馬車を見た者に、騎兵二人も加わった。数え直す気は、もうなかった。
◇
担架の枠を、荷台の四つの固定環へ荷締め帯で留めた。ヨナは担架そのものの帯で胸と腰を支え、止血した脚が揺れないよう左右へ詰め物をする。
清潔な柔らかい布を小さく丸め、ヨナとネルの耳へ浅く当てた。ヨナの目には風除けの布を置く。
ネルを助手席へ座らせ、傷めた右腕へ帯が当たらないよう布を挟んで安全帯を掛けた。
「父さんを置いていかないで」
「後ろにいる。振り向かなくていい」
ヨナの太ももを押さえていた道路方の男と、肩を切った男が後部座席へ乗り、安全帯を掛けた。前の男は座席から、荷台のヨナの顔と止血帯を見られる。手当ての刻を覚えている者を、監視役にした。
「呼吸、布へ広がる赤、止血帯の緩み。どれか変わったら肩を叩け。膜には触るな」
「分かった」
救急袋から追加の包帯と止血帯を小袋へ分け、残る担架、二人分の保温材と一緒に、噛まれた道路方へ置いた。残りの救急袋は、後部座席の足元へ固定する。
騎兵は|鞍《くら》の油灯を下ろし、石壁の内側で火を作り始めた。ガルムとミア、それに騎兵一人が残れば、逃げた獣が戻っても警戒できる。
「ミア。儂から離れるなよ」
「うん。たいちょう、はやく」
「戻ってくる」
青い紐の小籠は、壊れた小荷車の雨覆いの下に転がっていた。買主の荷だ。触れずに車へ戻った。
M4の安全装置をもう一度確かめ、運転席脇の固定帯へ収める。柔らかい路肩で切り返すと、掘り返した土へ深いタイヤ跡が二本残った。消している時間はなかった。
前照灯を東から西へ向ける。来た時より暗い道を、同じ車が戻った。
後ろで、道路方の男が何度もヨナの呼吸を数えている。ネルは安全帯を握り、振り返るのを堪えていた。
東門の火が見えた時には、太陽はもう城壁の下だった。
門は閉じていた。
だが、上役の言った通り、外番所の前には|焚《た》き火と湯が用意されていた。門番が覆いのある荷改め場へ誘導し、毛布を持った者が走ってくる。
エンジンを止めるより先に、門の上役がヨナの担架を覗いた。
「報告の騎兵は戻った。御者と護衛を付けた空荷車二台を、もう出してある。残りはこちらへ来る。|施療《せりょう》院にも使いを出した。道路方の者は仕事札で入れる。父親と娘の名は?」
「ヨナ。娘はネル」
書記が門外救護の|蝋板《ろうばん》へ二人の名を刻む。
「ネル。今日の割り木はあるか」
ネルがヨナの上着の内側を探り、血の付いた半片を出した。上役は割れ目と名を確かめ、書記へ渡す。
「これは今日一日の雇い札だ。荷主が父娘の治療と、その後を引き受ける印ではない」
上役は扉を閉ざしたまま、火と毛布を増やさせた。
「施療院の受入れだけでも、請人だけでも足りん。両方の印が揃わなければ、期限付きの医療札も切れん」
後ろで、ヨナの呼吸が一つ浅くなった。
書記の鉄筆は、父娘の名の横で止まっている。
「この二人の請人は、誰だ」
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【第18話 収支(AP)】
期首 33,280
収入 +60
狼型魔物3体 +60
支出 -1,435
衛生兵背嚢・担架・保温材・荷締め具 -390
HMMWV燃料90L -45
ヨナ重傷治療 -1,000
期末 31,905
累計 95,305/システムLv3
【主な変動】
5.56mm弾 184発→175発
M4で狼型魔物3体を撃破。ガルムが現地の剣で1体を撃破し、4体は東へ逃走。
※救助APはまだ加算していません。父娘は門外におり、残る負傷者の搬送、施療院への受入れ、水・食事・休息まで完了していないためです。
※現地通貨25銀7銅、白鹸の商会在庫106個は変動なし。襲撃車の8個は既に買主所有です。

