第20話 白いのは、表だけ 転生特典は米軍払い下げ?〜弾丸1発1ポイント。ハンヴィー1台から始める異世界軍事立国、気づけばイージス艦まで揃ってました〜

《転生およそ95日目・朝》

 六の木印は、白い石鹸の表にあった。

 製造帳の六番は、|頁《ページ》そのものがなかった。

「触るんじゃないよ」

 手を伸ばした女衆を、トメ婆が止めた。

 |早馬《はやうま》の男が運んできた小箱には、商人組合と市場役の封が二本、十字に掛けられていた。発送前に量った重さと寸法、〈六〉の印の形も割り木へ刻まれている。

 封を切ったのは早馬の男だ。俺たちは、箱の中を見ただけで、石鹸には触れていない。

「白いねえ」

 トメ婆は腰を屈め、表面と角を目だけで追った。

「だけど、あたしらの印じゃない。六を押す木なんて、作ってないからね」

 俺は四つの熟成棚を開けた。

 一番は十九個。二番、四番、五番はそれぞれ二十九個。合わせて百六個。数を声に出し、女衆六人とミアにも数えてもらう。

「ぜんぶ、いる」

 ミアが最後の籠へ木蓋を戻した。

 縄を掛け、トメ婆と俺の封を並べて結ぶ。製造帳の在庫欄に〈百六、村にて販売停止〉と刻んだ。

「六だけ偽物だと返せば、一番は売れるんじゃないかい」

「六を押せるなら、次は一も押せる。客は組合帳を見られない」

 トメ婆は木蓋の封を一度引き、緩みがないのを確かめた。

「作ったあたしらまで、偽物にされるわけだ」

「だから、止める」

 返書には、三行だけ書いた。

〈六番釜は存在しない〉

〈試験販売を承認されたのは一・二・四・五番。正規の売買記録へ載ったのは一番釜十個だけ〉

〈買主の十個も封じたまま、被害品、売り手の割り札、買った者の証言を保管せよ〉

 切った封紐と封札は小袋へ収め、番号を製造帳へ写した。早馬の男が持参した帰路用の封二本を掛け直し、トメ婆と俺が割り木へ印を入れる。

 紙代の銅貨五枚を、早馬の男が持つ事件札へ追加した。

「今すぐ戻れるか」

「馬を替えても、四日です」

「箱から手を離さず、一日で戻る方法がある」

 男は、俺と、戸口の外にいるガルムを交互に見た。

「その馬は村で休ませる。次の組合便で馬繋ぎまで返す。証拠は、あんたが持ったままだ」

 返事を待たず、事業予備から金貨を一枚、旅費財布へ移した。

 |飛沫《しぶき》防護眼鏡、耐アルカリ手袋、耐薬品前掛けを三人分。試験紙を四枚。製造帳。M4と弾倉。必要な物を先に出し、ハンヴィーを実体化する。

【燃料九十リットル:-45AP】
【現在残高:32,260AP】

 早馬の男は小箱を胸に抱き、後部座席の安全帯を二度引いた。

「これが、一日で戻る方法ですか」

「帰りの燃料代も、俺持ちになるけどな」

 ガルムが助手席で|髭《ひげ》を撫でた。

「早馬を一頭食わせるより、旦那の懐が痩せる方が速いの」

 ミアがイヤーマフを両耳へ押し付けた。

「たいちょう。はやく」

 エンジンをかけた。

 ◇

《転生およそ96日目》

 前日の日暮れ、ハンヴィーを隠さず東門外へ付けた。

 低いエンジン音と四つのタイヤ。村から小箱を運んだ男の名。門帳には、また記録が増えた。

 防護具、試験紙、製造帳の荷箱を下ろし、門役へ中身を見せた。M4と弾倉を格納し、最後に車両も格納する。早馬の男は使者札で帰着を記録し、証拠箱ごと組合宿へ入った。俺たち三人には銅貨六枚の入市税が掛かる。東門で旅費財布の金貨一枚を銀貨二十枚へ崩し、「折れた槍」亭の二泊と夕食、朝食を払った。

 二の鐘の前、組合の|秤《はかり》場へ入る。

 買主の青い紐の籠は、まだ台の上にあった。一番の木印を持つ十個が、二個と八個に分けたまま並んでいる。

 組合書記が、組合帳、買主の所有札、一番釜の半分見本を順に照合した。

「十個、全てある。一個も売っていない」

 |小間物商《こまものしょう》が、自分の籠から手を離す。

「つまり、手を傷めた客は、俺の品を買っていない」

「そうだ」

「なら、この十個は売れるな」

「まだ売れない」

 男の眉間に溝が寄った。

「六は偽物だと、今証明したじゃないか」

「六の次に、一を押されないとは証明できていない」

「十個の買主は俺だ」

「だから、勝手に回収しない。所有はそのままだ。ただ、封を解かないでくれ」

「いつまでだ」

「客が帳簿を見なくても、本物を見分けられるまで」

「それでは商いにならん」

 言ったのは、バルツァーだった。

「じゃが、組合帳を抱えて客一人ずつの後ろへ立つこともできん」

 老人は、組合の触れ書きを二枚、並べた。

 一枚目は、〈六番は組合未登録〉。二枚目は、〈リヒトの|白鹸《しろけん》を名乗る全ての品を当面売買するな〉。

「六だけを出せば、偽物売りは逃げるかもしれん。二枚目まで出せば、必ず逃げると思え」

「二枚目も出してくれ」

「先に売り手を捕まえんのか」

「その間に、次の客が手を傷める」

 バルツァーが二枚目へ組合印を押した。

 同席していた市場役も、外市へ出す二枚目へ印を重ねる。

「触れが客へ届く時、偽物売りの耳にも届く。その代わり、市場の四つの口へ、今日中に回す」

 組合の走者が、二枚の板を持って出ていった。

 売上は止まった。

 ◇

 偽〈六〉を切るために呼ばれたルッツは、秤場へ入るなりバルツァーへ手を出した。

「鑑定料は誰が出す」

「組合じゃ。前と同じじゃ」

 バルツァーが、発送前の割り木、小袋に残した古い封札、村で掛け直した封、小箱の重さを確かめる。数字が一致すると、早馬の男が二本の封を切った。

「なら、刃を貸せ」

 組合書記が証拠札を付けた。印がある側の半分は残し、反対側だけを切る。

 俺とルッツは、長手袋、飛沫防護眼鏡、耐薬品前掛けを着けた。残る一組は荷箱に置く。

 ルッツは布で刃を拭き、石鹸の中央へ入れた。

 白かったのは、刃の先が入った厚みまでだった。

 その内側から、灰色がかった褐色の芯が現れる。ルッツが刃の腹を入れると、白い層だけが薄く起き上がった。

「石鹸を作ったんじゃない」

 ルッツは白い皮を刃先で返した。

「石鹸の顔を作ったんだ」

 ガルムが顔を近づけようとして、村から持ってきた長手袋を着けた俺に肩を押された。

「素手で近づくな」

「匂いまで取り上げられたら、|儂《わし》の仕事がないの」

 同じ重さの削り片を、同じ量、同じ温度の湯を入れた木|椀《わん》へ落とした。一方は偽品の白い外皮。もう一方は一番釜の組合見本だ。

 同じ回数だけ木|匙《さじ》で混ぜ、試験紙を一枚ずつ浸す。

 一番釜の色も、中性ではない。だが、偽品の色はそれより明らかに濃く、強い|灰汁《あく》残りを示す側へ入った。

 湯の底には、泡ではない白い泥が残っている。

「白い土か、粉が混じっている。石鹸|滓《かす》と濃い灰汁を練って、芯へ塗ったのかもしれん」

 ルッツがシミのある刃を布の上へ置いた。

「配合までは分からん。この芯は、お前の白鹸じゃない。清めた脂とは違う、古い脂臭が残っている」

 俺は、書付の日付と、製造帳の一番釜を並べた。

 初売りは八十一日目。被害の書付は九十一日目。十日しかない。

 型で二日。棚で二十五日。同じ手順で作るなら、日数が足りない。

「一釜全部を白く作ったんじゃない。別の芯へ、白い皮を乾かした」

「何日で増やせる」

 バルツァーが|訊《き》く。

「中の石鹸があるなら、外だけだ。数日でもおかしくない」

 二十七日が壁になると思っていた。

 作れる釜の数が、増える速さを決める。偽物には、新しい一釜と二十七日の棚が要らなかった。

「この試験紙で、客の手傷の原因まで決められるか」

 バルツァーが訊く。

「決められない。使った品と同じか、傷の診断、ほかの原因も要る」

 俺は濃く色の変わった試験紙を指した。

「それでも、販売を続けていい品ではない」

 印がある側の半分と、切った側の芯、白い外皮、二枚の試験紙に、別々の証拠札が付いた。

 俺とルッツは、手袋と眼鏡の表を清水で流し、前掛けと一緒に荷箱へ戻した。

 答えは一つ出た。

 白いのは、表だけだった。

 ◇

 手を布で巻いた女は、外市の一日売り場で、偽〈六〉を銅貨六枚で買っていた。

「茶色いのよりは高い。あの店の銅貨十枚よりは安い。次の六番だからと、売り手が言ったんです」

 女は湯屋の洗濯場で使い、その日のうちに手が痛み始めた。診た薬師の書付には〈刺激の強い洗い品を中止〉とあるだけで、原因の名はない。

「売り手の顔を覚えているか」

「フードを被っていました。荷物の割り札は、売り場の人に渡しています」

 顔では追えない。割り札では追える。

 組合書記が、一日売り場の場所札、荷物の預かり割り木、売り場代の記録を並べた。売り手の名は、この時点では本名か分からない。それでも、売れ残りの小箱を引き取った荷車の木札が残っていた。

 市場役が御者を呼び、帳片を見せる。

「この荷をどこへ運んだ」

「銅貨九枚で、城壁の外側に沿った古い|脂煮小屋《あぶらにごや》へ運びました。中の者の名は知りません」

 ガルムが、板図の小屋から門と路地までを指で追った。

「城壁の外側に貼りつく小屋なら、裏口は外市の外れへ向く。追うなら、衛兵は二組要るの」

「儂が止められるのは、組合の十個と帳簿までじゃ」

 バルツァーが場所札を閉じた。

「他人の戸を開け、中の品を押さえるなら、衛兵と領家の名が要る」

 市場役は若者一人と衛兵二人を、脂煮小屋へ先に走らせた。戸を開けず、人と荷の出入りだけを見張らせる。

 それから書記と小会議室へ向かった。証拠札の写しと、女の証言、御者の証言を持っていく。

 俺は、銀貨五枚を組合の事件箱へ置いた。

「これは何の銭じゃ」

「女の診療と、回収触れの当座金。上限は銀貨五枚。余れば返す。足りなければ、新しい紙と金を置く」

「偽物だと判る前から、払うつもりだったか」

「本物か分かるまで、手を治すのを待たせる気はなかった」

 組合書記が別紙へ〈製造者・傷との因果・最終負担者未定、診療・回収初動の仮預け〉と書く。俺は紙代の銅貨五枚を横へ置いた。

 口の開いた荷箱の中に、三人分の防護具が入っている。危ない物を作った小屋へ行く。村を出る前に、トメ婆が積ませた品だ。

 そこへ、市場役の若者が駆け込んできた。

「脂煮小屋から、黒い煙です! 衛兵が裏へ回る前に、男が一人逃げました!」

「中には」

「戸を叩く音がします。一人ではありません」

 市場役が小会議室から飛び出した。

「西門へ人相を回せ。残った衛兵は、戸を破る手を止めるな!」

 俺は防護具の荷箱を掴み、ガルムとミアを連れて外市へ走った。

 路地を折れる前から、焦げた脂の臭いがした。城壁の外側へ貼りついた板小屋の屋根から、黒い煙が上がっている。近くの露店は布を畳み、人を遠ざけていた。

 裏口の下から、白く濁った液が細く流れている。衛兵二人が棒を差し込み、歪んだ戸をこじ開けようとしていた。

 ミアがイヤーマフを首へ落とし、板戸を指した。

「たいちょう。なか、ひと、みっつ。せき、してる」

 西の路地には、もう男の背中はない。

 俺は長手袋、防護眼鏡、前掛けを着け、残る二組をガルムとミアへ押しつけた。灰汁の飛沫は防げても、火にも煙にも効かない。それでも、白い流れへ素手で踏み込むよりはましだった。

「追うな。砂と、人を洗う水を集めろ。燃えている脂へ水を掛けるな」

 ガルムが大剣の封紐を切る。

「まず|閂《かんぬき》を落とす。戸を引くのも、中へ入るのも、煙と熱を見てからじゃ」

 大剣の切っ先が、板戸の閂脇へ食い込んだ。


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【第20話 収支(AP)】
期首 32,305
収入 0
支出 -45
 HMMWV燃料九十リットル -45
期末 32,260
累計 95,805/システムLv3

【現地通貨】
期首 自由金 銀貨4枚+銅貨14枚/事業予備 金貨3枚
資産移動 事業予備から金貨1枚を現金化
支出 銀貨9枚+銅貨8枚
 返書用の紙 銅貨5枚
 入市税 銅貨6枚
 三人用大部屋二泊 銀貨3枚
 夕食・朝食 銅貨12枚
 被害者診療・回収触れの仮預け 銀貨5枚
 事件初動の別紙 銅貨5枚
期末 自由金 銀貨15枚+銅貨6枚/事業予備 金貨2枚

※銀貨5枚の仮預けは組合の事件箱に拘束され、診療・回収の実費を控除した残額だけ返還されます。期末の自由金には数えません。
※施療院への前預け20銀は別の精算中勘定です。組合供託20金、村共有金25金14銀、女衆個人の計6銀には触れていません。

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