《転生およそ97日目・二の鐘》
「旗番は二人。最後に上がったのは、昨日の日暮れ前だ」
|道路方《どうろかた》の頭が、騎馬札二枚を伏せた。
「探すのは旗ではない。まず二人だ」
帳場の外では、確認に出る二騎へ|鞍《くら》が載せられている。晴天。霧なし。二の鐘から砂時計一回ぶん待っても、石切り場の尾根に白旗は上がらなかった。
旗がないだけでは、襲撃とも事故とも決められない。
道路方の頭は、もう一枚の通行札を机へ置いた。
「三日後の二の鐘、この道へ十二台入る。今日の旗なしを、旗番二人だけの問題で終わらせるな」
「二人の名は」
俺が|訊《き》くと、書記が勤務札を読み上げた。どちらも道路方の人足で、交替は五の鐘のあと。水と昼のパンを持ち、石切り場の古い見張り小屋へ入っている。
「武器は」
「山杖と小刀。獣を狩る番ではない」
「確認騎馬が着くまで、どれくらいです」
「馬なら半刻より早い。だが負傷者がいたら、馬だけでは運べん」
道路方の頭は、机に残っていた俺の通知札を見た。
「鉄の車を出せるか」
「出せます。俺たちも追います」
「二騎が先だ。馬道を塞ぐな。現場では騎兵の札に従え」
一騎は二人を探す。もう一騎は帰報。俺たちは、歩いては運べないものを運ぶ。
道路方の頭が〈旗番捜索・搬送補助〉の木札へ印を押した。
「旗が上がらん理由を決めてから行くな。二人、旗、柱、砂時計。見た順に持ち帰れ」
「分かりました」
二騎が先に東門へ走る。俺たちは、その|馬蹄《ばてい》の音を追って帳場を出た。
◇
東門外の荷車回し場は、門役が先に空けていた。
「出すぞ。近寄るな」
敵性反応はない。
M4と予備弾倉を格納庫から出す。次に、今の城下で持っていない救護具を選んだ。
【個人医療キット(IFAK):-50AP】
【折畳担架:-30AP】
【荷締め・荷札・防水梱包セット:-50AP】
【聴覚保護具(イヤーマフ)×2:-100AP】
【現在残高:32,290AP】
医療キットと折り畳み|担架《たんか》、四本の荷締め帯、イヤーマフ二組が足元へ現れる。
村にある|圧迫包帯《あっぱくほうたい》も、二床の担架も、ここにはない。三百キロ先の在庫を、持っているという理由だけで使うことはできなかった。
荷を三メートル圏から退ける。さらに十秒待つと、二・五トンの車体が地面へ沈んだ。
【燃料九十リットル:-45AP】
【現在残高:32,245AP】
前から予約していた燃料が、ここで初めて残高から落ちる。
担架は畳んだまま荷台へ置き、帯と荷網で車体の固定点へ留めた。医療キットは後部座席の足元。M4は薬室と安全装置を確かめ、予備弾倉と一緒に手の届く場所へ固定する。
ミアは自分のイヤーマフ、俺とガルムは新しい二組を首へ掛けた。
「旦那。大剣の封は切っておくぞ」
ガルムが東門用の封紐を門役へ見せた。
「頼む。ただし、見つけても追わない。二人を連れ戻す」
「旗より先に人じゃな」
ミアが後部座席で安全帯を引いた。
「たいちょう。ふたり、みつける」
「ああ」
門役が腕を上げる。
エンジンを掛け、二騎の|蹄跡《ていせき》から間を空けて東街道へ出た。
前照灯は要らない。|轍《わだち》の乾いた道を、昼の光がまっすぐ照らしている。
旗だけがなかった。
◇
石切り場へ分かれる坂の手前で、騎兵が一人待っていた。
馬は道の端へ寄せられ、鼻を鉄の車と反対へ向けている。騎兵は俺たちを認めると、進む先を山杖で示した。
「一人の声は聞いた。小屋に血がある。もう一人は見えん」
「襲ったものは」
「灰色の大きな狼だと。今は見えん」
「もう一騎は」
「東門へ戻した。道を止める札と、|施療《せりょう》院の手を頼みに」
俺は速度を落とし、騎兵を先へ行かせる。採石路は荷車一台ぶんの幅しかなく、右に削った岩肌、左に土砂を落とした斜面が続いた。
「たいちょう。ひとの、ち」
ミアが前席の間から顔を出す。
「どこだ」
「うえ。ふたり。ひとり、いき、ちいさい。けもの、おとは、とおい」
獣の音は遠い。それでもM4は下ろさなかった。
ガルムが窓の外へ目を細めた。
「車は次の平場までじゃ。あの先で向きを変えられん」
採石棚の手前に、砕石を積んだ平場がある。そこで車体の鼻を帰路へ向け、岩壁側へ寄せた。
エンジンを切ってM4を取る。ガルムが左、ミアを俺たちの間へ置いて斜面を上がった。
白い旗竿は立っていた。
綱も切れていない。砂時計は落ち切り、旗を結ぶ輪だけが空だ。
見張り小屋の木戸には、深い爪跡が何本も残っていた。
内側から細く開いた隙間の向こうで、男が一人、膝を地面へついている。両手で相方の右脚を押さえていた。
その手の下に、白旗があった。
膝から下へ巻き付けた布は、半分以上が赤黒い。負傷した男は浅く速い息をしながら、石壁にもたれていた。
「旗番二人、確認!」
騎兵が道路方の札を掲げる。
「敵は」
「六頭までは見た。二の鐘で砂時計を返し、旗を結ぶところへ来た。戸を閉める前に相方の脚を取られたんだ。中へ引きずって石で押さえた。騎馬の音で東へ散った」
白旗を押さえる男は、手を離さず答えた。
「旗を外したのは俺だ。巻く物が、これしかなかった」
「そのまま押さえてください。外しません」
M4の安全装置を確かめ、手の届く岩陰へ置いた。ガルムは大剣を抜いたまま東の低木を見る。俺は医療キットの手袋を着けた。
白旗を剥がせば、固まりかけた血まで動く。清潔な圧迫材を上へ重ね、脚の裏から帯を回す。相方の手と入れ替える前に、押す場所を指で示した。
「俺が押さえます。合図したら、ゆっくり手を抜いて」
圧が途切れないよう、二人の手を一度重ねる。
「今です」
男が手を抜く。俺は圧迫材ごと帯を締め、白旗を脚へ残したまま固定した。
布の外へ赤が広がらない。
「名前は分かりますか」
「分かる……勤務札も、ある」
「息苦しさは」
「ない。脚が、熱い」
「城下へ運びます」
負傷者は小さく|頷《うなず》いた。
旗を使った男の両手にも血が付いていたが、傷はない。水筒の水で手の汚れだけを流し、本人の勤務札と相方の札を騎兵が照合する。
「旦那」
ガルムが斜面の端を顎で示した。
白い採石粉の上に、大きな足跡が重なっている。旗柱の手前まで来て、石組みを回り、東側の低木へ戻っていた。
狭い粉場を横切るところだけ、六筋の進入線が並んでいる。
傷のない旗番と騎兵が一本ずつ|辿《たど》り、同じ跡を二度数えないよう小石を置いた。奥は重なり、七本目があるかまでは読めない。
少なくとも六体。前に小荷車が襲われた|切通《きりどお》しより、城側だった。
分かるのは、狼型の魔物が以前より城へ近い見張り場まで出たことだけだ。
「足跡は道路方が見る。旦那は脚じゃ」
ガルムの声で、視線を負傷者へ戻した。
畳んだ担架を平場から四人で上げる。負傷者を横へ向けず、脚を支えたまま担架へ移し、付属の二本の帯で胸と腰を固定した。
旗は巻いたままにする。外すのは、施療院で次の圧迫を用意してからだ。
M4は安全化して背へスリングで固定した。
採石路を下る時は、俺と旗番の男が前、ガルムと騎兵が後ろを持った。ミアは少し先へ立ち、足を置ける石だけを指す。
「みぎ、ぐらぐら。ひだり、だいじょうぶ」
一段ずつ、車まで下ろす。
担架の身体帯とは別に、担架枠を四本の荷締め帯で荷台の固定点へ留めた。防水布と上着で風を切り、顔と圧迫部は見えるようにする。
ガルムが後部座席から、負傷者の顔と布の赤を見られる位置へ座った。
傷のない旗番は自分で立ち、水筒と勤務札を持って武装した騎兵の隣へ移った。交替が着けば、道路方の手で城下へ戻れる。
「二人で、ここへ残れますか」
俺が騎兵と旗番へ訊くと、騎兵が頷いた。
「武装した交替が来るまで二人で小屋にいる。柱と足跡を動かさん」
旗柱、綱、落ち切った砂時計は、そのまま残す。血を吸った白旗だけが、人と一緒に城下へ帰る。
エンジンを掛けた。
白旗は上がらなかった。
それでも、上がらなかった旗が俺たちをここへ呼んだ。
◇
東門外には、施療院の手車と道路方の頭が待っていた。
HMMWVを門外で止め、担架の固定帯を外す。施療院から来た四人が、担架ごと潜り戸へ運んだ。
負傷者は城内戸と道路方の仕事札を持つ。門役は札と顔を照合し、治療先を施療院として門帳へ刻んだ。
俺たち三人は門外に残った。道路方の頭は、俺と帰報騎兵から見た順を聞き、書記へ向く。
「二の鐘、旗上がらず。旗番一人負傷。白旗は救命の圧迫に使用。柱、綱、砂時計は異常なし。狼型らしき足跡、少なくとも六体ぶん。確認地点は前の襲撃より城側」
「同じ群れと書きますか」
「書くな。見ておらん」
書記の鉄筆が一行ずつ事実を残す。
「試しは止めますか」
「旗なしを拾う仕組みは働いた。だが、無武装の二人を置く仕組みは失敗した」
当日の五の鐘は護衛騎馬二人を付ける。替えの白旗一枚、圧迫布二巻、水筒二つを交替札へ足し、明朝までに小屋の木戸を補強する。
武装した護衛を添えられない日は、旗番を置かず二騎確認へ戻す。
半刻後、施療院の使いが東門へ戻った。圧迫を引き継いでから白旗を外し、傷を洗って手当てしたという。男は湯と薄い|粥《かゆ》を口にし、道路方が請けた寝台で休んでいる。
空になった担架と荷締め具、防水布、IFAKの残品も、洗浄用の包みへ分けて門外へ返された。血液汚染の点検と洗浄は、村へ戻ってからもう一度行う。
その時、視界の端に白い文字が開いた。
【人命救助(平時)×1:+100AP】
【現在残高:32,345AP】
道路方の頭が、朝から机に置いていた通行札を俺へ差し出した。
「採石組の空荷車十二台。石工、御者、護衛で三十人。第百日目の二の鐘に、第七杭へ入る」
「道を閉じることは」
「今日は注意札を出す。だが城壁と街道の普請が、あそこの石を待っとる」
荷車組合の帳付けが、通行札の控えを持って立っていた。今朝、俺の轍の写しを受け取った男だ。
「採石の請負人は護衛を雇う。仕事を受けるなら、賃金と責任は別の紙にする。無償で村の人間を出せとは言わん」
十二台を、俺たち三人だけで見ることはできない。
俺は通行札を受け取った。
「第九十九日目の日暮れまでに、射手を連れて戻ります」
「間に合わなければ」
「その時は、止めてください」
道路方の頭は頷かなかった。
「止めるか通すかを決めるためにも、戻れ」
◇
《転生およそ98日目・昼過ぎ》
九十リットルを入れた燃料計は、また二割を切っていた。
第九十七日目の午後、東門外を発つ前に夕食と翌朝の携行食を三人ぶん買った。
夜は路肩の安全な野営地で、車内と雨覆いの下に分かれて休み、翌日の昼過ぎ、リヒト村へ着く。
洗浄用の包みを救護班へ引き渡し、イヤーマフ二組は商会の装具箱へ戻した。女たちは包みの中身を井戸脇で再洗浄し、損傷の有無を点検する。
それからハンヴィーとM4を格納する。次の出庫用九十リットルを予約したが、四十五APはまだ残高から落ちない。
村の広場へ、トメ婆、ヤン、|髭《ひげ》の農夫、救護班の女たちが集まった。
俺は白旗の話をした。狼型らしい足跡が少なくとも六体ぶん。前の襲撃地点より城側。明後日、採石組の空荷車十二台と三十人が同じ区間へ入る。
「ヤンを、護衛の射手として連れていきたい」
ヤンは、すぐに答えなかった。
東の土塁に、村の二|挺《ちょう》がある。銃を残しても、撃つ者まで勝手に連れ出せば、守りは空になる。
「おれが出てる間、東を誰が見る」
「昼は俺がつく」
髭の農夫が先に言った。
「夜は若い連中を二組にする。二挺は土塁から動かさん。だが、見張りと給弾ができても、ヤンの代わりに二挺を回せるとは言わん」
「撃てるのか」
「撃ったことはない。空弾帯での|装填《そうてん》と止め方を、ヤン立会いで三度やっただけだ」
女衆の一人が、救護籠の札を上げた。返却品の点検欄には、破れなしと記されている。
「担架班も村に残るよ。あんたたちが城下へ持っていった物とは分ける」
村のM240二挺、7.62ミリ弾三千五百八十八発、担架二床、圧迫包帯九個。どれも動かさない。
「連れていく銃と弾は、別に買う」
俺は言った。
「ヤンの日当も、採石の請負人と紙にする。村から無償で出す形にはしない」
トメ婆は東畑の人足札を二枚、見張り側へ移した。
「帰着まで、上限六日。二挺は残す。だが、実働は一挺に落ち、東畑の手も二人減る。ここまで聞いて、あんたはどうする」
決めるのは俺ではない。
ヤンは土塁と、広場のハンヴィーが消えた場所を順に見た。
「何発、持っていく」
「千発。二百発箱を五つ。銃架に一箱、再装填を四回。村の弾とは混ぜない」
「隊長は運転する」
「ああ」
「なら、おれが撃つ。ガルム、弾を送れるか」
「撃つのはお主じゃ。|儂《わし》は箱を開け、帯を送り、撃つ先を見る」
「それでいい」
ヤンがトメ婆へ頷いた。
「行く」
髭の農夫が東の見張り札を自分の側へ引き、夜番の名を二人足す。トメ婆が上限六日の交替札へ印を置いた。
村が決めてから、俺はシステムを開いた。
【M240一式:-4,000AP】
【7.62mmリンク弾一千発:-3,000AP】
【現在残高:25,345AP】
登録済みの補給地点へ、長い灰色の箱が現れた。続いて、二百発の弾帯を収めた弾薬箱が五つ。
契約が流れても、第三挺は東街道の商会護衛資産として残す。明後日の朝になってから、据付と給弾の役を決める時間はない。
箱札を二つに分けた。〈村防衛〉二挺・三千五百八十八発と、〈リヒト商会・護衛〉一挺・一千発。一発も混ぜない。
俺は道路方から受け取った通行札を、商会の弾薬箱へ結んだ。
ハンヴィーへ詰めても、一度に十人が限度だ。通行札には、空荷車十二台と刻まれている。
その人数欄だけは、三十だった。
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【第23話 収支(AP)】
期首 32,520
収入 100
支出 7,275
期末 25,345
累計 96,205/システムLv3
【第23話 現地通貨】
期首 自由金 銀貨10枚+銅貨4枚
支出 銅貨12枚
第97日目夕食 三人分 銅貨6枚
第98日目朝食 三人分 銅貨6枚
期末 自由金 銀貨9枚+銅貨12枚
※旗番の診療・食事・宿は道路方/領家勘定です。拓真の自由金、事件仮預け、施療院前預けからは出していません。
※ヤンの護衛賃と村の代替見張り賃は、採石請負人との護衛契約で決める未精算項目です。無償供出にはしません。

