《転生およそ115日目・朝》
最初の試し穴から、川の跡が出た。
水ではない。濡れた細かな砂と、角の取れた丸石の層だった。
昨日開いた仮|暗渠《あんきょ》には、新しい沈みも、大きな漏れもない。けれど総重量二トン以下という札は、そのまま残した。道が一晩耐えたことと、重い車を通せることは別だ。
土地持ち二人から得たのは、比較する三つの試し穴、横断する五点の測り棒、その上を小型機で一度見る許しだけだった。掘った土は場所ごとに布へ分け、水が流れ出すか、にじみが増えたら止める。深さは七十センチまで。終われば土を同じ穴へ戻す。
それで十分だった。
直線候補の測り縄を引き直し、赤杭の内側に一つ、弧の外の高い地面へ二つ。|道路方《どうろかた》の手工具で半歩四方を掘り、人は穴へ入れない。
外側では、長柄の|鍬《くわ》がすぐに鳴った。角のある砂利が締まり、測り棒も浅いところで止まる。
中央だけが違った。
膝より少し浅いところで黒い泥土が湿り、さらに下から水がにじんだ。量が増えないことを土地持ちと道路方が確かめ、上限の手前まで掘ると、細かな砂の中へ丸い石が混じる。草の根も、横向きに寝ていた。
「山から落ちた石なら、もっと角が残ります」
水路番は丸石を|掌《てのひら》で転がした。
「水の中で、長く転がった石です」
俺たちは弧を横切る五か所へ測り棒を立てた。中央では同じ力でも深く入り、外へ離れると止まる。俺の単位へ直せば、軟らかい帯はこの断面でおよそ八メートル。
深いところがどこまで軟らかいか。六十トンを載せれば、どれだけ沈むか。そこまでは、この穴では分からない。
「高地へ回せば、うちの草地を余計に使います」
牧草地の女は、簡単には引かなかった。
「この黒い土が昔の川でも、道を曲げる幅と、失う草の値は別に測ってください」
「別にします。今日の土で決めるのは、直線へ重い車を載せないことだけです」
短い線を捨てても、長い線を勝手に道にはしない。女はそれを聞いてから、黒い土へもう一度目を落とした。
だが、空から見えた色と、ミアが聞いた水音、水路番の昔話、土の中の丸石が、一つの答えへ重なった。
「昔の川筋が埋まった跡です」
道路方の男は、調査|原簿《げんぼ》へ書いた。
「確認したのは、この断面の|旧河道《きゅうかどう》由来の軟弱帯まで。深さと全長、重い車への耐え方は未確認。今の重車両回廊の施工候補から外すよう勧告する」
最短の線に、保留の札が下がった。
牧草地の女は、黒い土の布と高地の土の布を見比べた。高い方へ道を回せば、使う土地は増える。それでも、自分で直線候補の縄を外した。
「短いからと、沈む道を選ばれては困ります」
「次は道を決めるのではなく、高地側を調べます。工事も通行権も、まだ動かしません」
試し穴を埋め戻す。赤杭には〈軟弱帯・重車両候補保留〉の札を掛けた。
小型機の二度目の仕事は、高地の古い土手がどこまで続くかを見ることになった。
◇
発電機は、前の飛行で使った一番電池を充電していた。満ちたという表示は、まだ出ていない。
番号二の予備電池は、充電台の満了表示を確認して外した。機体へ固定し、羽、カメラ、風見布を確かめる。
今日の非戦闘作業班は十二人だった。|荘代《しょうだい》、水路番、土地持ち二人、石工二人、道路方の書記一人、人足五人。
ほかに道路方の現場責任者と領家護衛四人。俺、ガルム、ミアを合わせて、現場には二十人いる。
数を確かめたガルムは、道具ではなく逃げ道を先に見た。
「古い土手は高い。何か来たら、二列であそこへ上げる。鍬も縄も置いていけ」
「道具を片づける途中でもか」
石工が|訊《き》く。
「土は歩いて追ってこん。命を運ぶぞ」
道路方の男が赤布を持ち、護衛は馬を離着陸線から下げた。M4と弾薬は、退避先に決めた旧堤防の護衛置場へ固定してある。前の飛行を見ていなかった人足が一人、羽音に身を屈める。馬が首を振ったのは最初だけだった。
「調査飛行、二回目。高地候補と赤杭の間。見通し内。残量を使い切る前に戻す」
「了解」
|操縦桿《そうじゅうかん》を倒す。
黒い機体が浮いた。
ガルムは空を見ない。十二人が赤杭から離れ、護衛が林際を見ているかだけを確かめている。
ミアも画面へ顔を寄せなかった。灰色の耳は、羽音の外へ向いている。
古い土手を上からたどる。途中で切れた畑境、根株、崩れた斜面。高い地面は直線より長いが、熱線画面の弧を避けて北街道側へ続いていた。
白い印を置くなら、次はこの線だ。
画面の右上で、明るい影が動いた。
一つ。二つ。
七つ。
開けた低地を、緑の巨体が間を空けて進んでいる。|石斧《せきふ》と短い槍。荷袋は小さく、獲物を運ぶ縄もない。
オークだ。
前の飛行なら、地面の色を見つけただけで終わった。今日は、画面の端を歩く七つの影が、現場へ届くまでの時間に変わる。
距離は、俺の単位で七百メートルに届かない。こちらへ走ってはいない。赤杭の列と発電機の間を横から見るように、ゆっくり近づいていた。
先頭がこちらの動きに気づき、石斧の背で盾を一度叩いた。
七体が散る。二体は赤杭へ、三体は発電機へ、残る二体は旧堤防の緩い上り口へ向きを変えた。
「画面で七。ほかは未確認。南東の開地。作業中止」
道路方の赤布が上がる。
「全員、旧堤防へ退避!」
人足が測り棒を掴んだ。
「置け!」
ガルムの声で、棒が土へ落ちた。
道路方の書記は、黒土の跡が残る採土布へ戻ろうとした。石工の一人は、借りた鍬をまだ抱えている。
「記録は頭に残せ。鍬は持ち主のところへ歩いて帰る。今は身体だけじゃ」
牧草地の女が、西の土手を指した。
「大水の時、家畜を上げる場所です。あの緩い上り口が一番早い。でも、二体がそこへ来ます」
開地の七体が進路を変えた以上、西の緩斜面はもう使えない。俺は画面の地形を見た。林の北端を抜けて土手へ上がる線なら、主群から離れられる。
「北の白印側から――」
「たいちょう。だめ」
ミアが俺の袖を掴んだ。
「みぎ。きのした、いる。はちには、みえない」
画面の|樹冠《じゅかん》下は、冷たい葉の斑点で埋まっている。
「いくつだ」
「ご。まえのより、ちかい。ぬれた、きのなか。こっちへ、まわってる」
二百メートルほど。倒木と濡れた藪を回りながら、俺が逃がそうとした出口へ近づいている。
林の下は未確認だと知りながら、画面の空白を、そのまま空いた退路へ使おうとしていた。
「北の線は取り消し。画面の外を頼む。森の中は、お前の持ち場だ」
ミアは一度だけ|頷《うなず》いた。
「土手の真ん中に、家畜を一頭ずつ上げる切れ目があります。狭いけれど、足は固い」
牧草地の女が、緩斜面と北の林の間を指した。画面からは、ただの草の筋にしか見えない。
「ガルム、中央の切れ目へ。退避はあなたに従う」
「聞いたな! 空の虫は正面を見る。横腹は耳に任せる。|儂《わし》について来い!」
土地の記憶が逃げ道を選び、ガルムが人の列へ変えた。
「十二人、一列。土地持ちは水路番を挟め。石工は後ろ。道具は置け。護衛二人、列の左右!」
道路方の現場責任者は、残る護衛二人を林側へ置いた。弓一人、槍一人。ガルムは列の最後へ回る。
画面の中で、主群の先頭が盾をもう一度叩いた。北の林からも、枝を折る音が返る。
二隊が、同時に走り出した。
「機体を下ろす。全員、ガルムに従え!」
小型機を旧堤防へ戻す。画面の端で十人が切れ目を上がった。最後の石工と人足は、まだ斜面の途中にいる。
林から短い槍が飛んだ。
人足の足が、置いていった空籠の負い紐へ絡む。槍は|籠《かご》を貫き、下の採土布へ縫い止めた。
ガルムが負い紐を断ち、人足の襟首を掴んで押し上げる。石工が上から腕を取った。槍の柄が震えている間に、十二人目の身体が堤の上へ消えた。
弓の弦が鳴る。槍の護衛が切れ目へ盾を入れた。
着陸。
羽が止まる前に銃へ手を伸ばさない。護衛とガルムが稼いだ数秒を使い、回転が完全に止まるのを待つ。ガルムが機体箱を土手の陰へ引いたところで、俺はM4を取った。
通信ヘルメットを被り、ガルムとミアは護衛置場のイヤーマフを下ろす。道路方の男は、土手の後ろへ伏せて耳を塞げと叫んだ。
薬室と弾倉を確かめる。即応の三十発。残りは土手の後ろだ。
空の目の仕事は、ここまでだった。
次は、地上の仕事だ。
最初に姿を現したのは、林の五体だった。
退避列を仕留めそこねた五体は、そのまま土手の切れ目へ押し寄せる。先頭は、空籠へ槍を投げた個体だった。
弓の弦が鳴る。
矢は肩へ刺さった。止まらない。
「まだじゃ」
ガルムは土手の切れ目で大剣を低く構えた。
オークが斧を振り上げたところへ、護衛の槍が正面から斧の柄を受ける。押し返しただけで、巨体は倒れない。石工も人足も、もうその後ろにはいなかった。
俺は膝をつき、槍の外側へ回ろうとした二体へ照準を移した。
反動。
土手から乾いた土が跳ねる。二発、間を置いて三発。巨体が膝をつき、それでも進もうとした。ガルムに教わった場所へ、六発目を置く。
一体が倒れる。
もう一体は木へ戻ろうとした。背ではなく、横を向いた瞬間に肩と首の境へ二発。木の皮が弾けたあと、さらに三発。巨体は幹の根元へ倒れた。
開地の七体は、もう走り込んでいた。
まっすぐ人へ来ない。二体が赤杭へ寄り、三体が発電機の側面へ回り、残りが土手を見る。
道路方の赤布が振られる。
「右、三!」
護衛の矢が一体の|腿《もも》へ立った。
二本目が首の付け根へ刺さる。巨体は二歩進み、赤杭の手前で横倒しになった。
俺は赤杭の間を横切る先頭を狙った。細かな砂を含んだ軟弱帯で、巨体の片足が沈む。速度が落ちた。
照準を頭の下へ置く。
二発。巨体は倒れかけても斧を上げる。狙いを半歩ずらし、三発。
倒れた身体を、後ろの一体が盾にした。
迷い込んだ獣の動きではない。
「左、来るぞ!」
林の残りが土手の切れ目へ飛び込む。
ガルムの大剣が、斧ではなく膝裏を取った。崩れた頭の横を抜け、返す刃が首へ入る。一体目。
次の槍を土手へ滑らせ、踏み込んだ二体目の手首を斬る。護衛が盾で押し返したところへ、大剣が肩口から落ちた。
俺はガルムの背後を横切らない。開地だけを見る。
発電機へ回った一体が、投石の姿勢を取る。三発。石が手から落ちても、巨体は一歩進んだ。さらに二発で、赤杭の横へ倒れた。
七体のうち三体が倒れたところで、残りが声を交わした。
角笛はない。短い舌打ちのような合図が二度。
林側では、矢を肩へ受けた一体も同時に下がる。
「追うな!」
ガルムが先に言った。
「|斥候《せっこう》は、追わせるのも仕事じゃ!」
護衛の一人が弓を下ろす。俺も、林へ消える背中から照準を外した。
追えば、土手の陰に残した十二人から離れる。
五体が、木々の奥へ退いた。
七体を失ってから考え始めたのではない。最初の盾打ちで展開し、二度目の盾打ちで二隊が同時に入った。舌打ちの撤退合図までの短い間に、七体が倒れた。
安全装置を掛け、弾倉を外す。薬室の一発を抜き、銃口を下げた。
味方の声を数える。
道路方の現場責任者。護衛四人。ガルム。ミア。
土手の後ろでは、十二人が二人ずつ名前を返した。
最後に返事をした人足は、自分の籠を貫いた槍を見て座り込んだ。
「さっきまで、あそこにいた」
「だから逃げた」
ガルムが水|椀《わん》を渡した。
「置いてきた道具の数でなく、ここへ運べた身体を数えい」
人も、馬も、負傷はない。
そこで初めて弾を数えた。薬室から抜いた一発と、弾倉内の八発で、即応残は九発。土手の後ろの百四十五発を足して、百五十四発。
地面には七体が残った。俺が四。ガルムが二。領家護衛が一。
足元へ落ちた|薬莢《やっきょう》は二十一。
【戦闘下救助:12人/+2,400AP】
【同一戦闘の討伐報酬は重複付与されません】
【現在残高:12,845AP】
【累計獲得:102,715AP/システムLv4】
空の目は、一体も倒していない。
それでも、軟弱帯に人は一人も残らなかった。
◇
死体より先に、人の数をもう一度確かめた。水を回し、手の震えが止まるまで土手から下ろさない。
敵が戻らないことを護衛が確認してから、道路方は土質の原簿とは別の|頁《ページ》へ、接敵と退避と戦闘を書いた。襲われたから土地を取れるわけではない。柔らかい地面の証拠と、敵の証拠も別だ。
七体の死体には討伐者ごとの札を付け、魔石はまだ抜かずに現場警備へ渡した。商会四、ガルム二、領家護衛一。現金にもAPにも換えていない。
番号二の電池には〈一回使用・冷却〉の札。機体に傷はない。番号一は充電中のまま、満ちたとは数えない。残る三本は未使用だった。
赤杭の直線案は、現在の工期と予算で造る重車両回廊の候補から、道路方が正式に外した。深い地盤改良と費用を比べ直すなら、それは別の調査になる。
代わりに、土地持ち二人が自分の手で、旧堤防をたどる高地側へ白い印を置いた。認めたのは、次の地上調査まで。道路でも工事線でも、通行権でもない。
「遠くなりますね」
牧草地の女が言った。
「はい。ですが、この断面の軟らかい帯は避けられます」
白印の先には、根株と崩れた土手が残る。人の鍬だけで均すには長い。
だが、目録を開く前に、敵が何を見ていたのかを確かめた。
ガルムは林際の低い場所で、草の伏せ跡を見つけた。そこからは、赤杭、発電機、前日に十トン級ショベルを置いた作業台が一枚に見える。
土には、古い足跡と新しい足跡が重なっていた。
木の皮を薄く剥いだ板には、炭の線がある。赤杭と同じ数の縦線。発電機の位置らしい四角。長い腕と|履帯《りたい》に見える形。
正確な地図ではない。
だが、食べ物や人の家ではなく、工事の道具を数えていた。
伏せ跡からは、逃げた五体の新しい足跡が森へ続いている。樹皮板は、端を折られた一枚だけが残っていた。
ガルムが、踏み跡へ剣先を置いた。
「獲物を探した足ではない。値踏みしとった足じゃ」
俺たちが道を測っている間、向こうは俺たちを測っていた。
なら次は、道だけではなく、隠れて測れる場所も押し開く。
【建設重機(小型ドーザー):10,000AP】
【購入後残高:2,845AP】
値札は、一万APだった。
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【第32話 収支(AP)】
期首 10,445
収入 2,400
支出 0
期末 12,845
累計 102,715/システムLv4
【第32話 現地通貨】
期首 自由金 銀貨26枚+銅貨12枚
収入 0
支出 0
期末 自由金 銀貨26枚+銅貨12枚

