《転生およそ117日目・朝》
小型ドーザーの|排土板《はいどばん》には、夜露が一本の線になって残っていた。
十トン級ショベルの腕は地面へ下りたまま。二台の操作封印も、護衛の交替札も、昨夜から切られていない。
問題は、今朝で駐機札が切れることだった。
俺は鍵へ触れる前に、牧草地の女、|道路方《どうろかた》、領家護衛と封を一つずつ確かめた。期限を過ぎてから「昨日と同じ場所だから」と動かせば、試験工事で返した土地を、機械の重さで取り上げることになる。
「駐めておくだけの札と、動かす札を分けたい」
道路方の男が、新しい二枚を机代わりの板へ置いた。
一枚は硬地作業台だけ、三十日または最初の大雨まで。二台は無稼働、操作封印、昼夜の警備付き。土地持ちは中止を申し出られ、警備と土地使用の費用は領家道路勘定が負う。
もう一枚は日ごとの作業札だ。機械、区画、目的、操縦者、誘導係、検査係を書き、全員が揃った日だけ封を解く。
「道を通す札ではありません」
牧草地の女は、昨日と同じ所を確かめた。
「はい。通行権も、土地の移転も生みません。井戸を試す時は、それも別の札にします」
女は二枚のうち、駐機札だけへ先に印を置いた。
俺はその場で、村へ出す封書を道路方へ渡した。
宛名はヤン。内容は短い。
村の銃を一|挺《ちょう》も持ち出さないこと。《モグラ》を動かさないこと。代わりの射手、給弾役、弾数を記す者が、空の銃と実弾の両方で停止手順を通すこと。寄合の印が揃うまで出発しないこと。
「来い、ではないのか」
ガルムが封を見下ろした。
「来られる状態を作ってから来てくれ、だ」
「なら、返事は遅いぞ」
「遅くていい。村までの長い道を、村の守りより短くはできない」
距離の数字は、胸の中だけで数えた。
|早馬《はやうま》は東へ向かった。俺たちは二台の封を解かず、井戸枠の木、蓋にする板、敷石、排水へ使う砂利を集め始めた。
運転席を空ける前に、座る人間が来るまで待つ。
それも仕事だった。
◇
《転生およそ132日目・夕方》
東から来た西行きの車列に、ヤンは乗っていた。
HMMWVは東門外から動いていない。早馬は四日で村へ着き、ヤンは三日間の引継ぎを終えた後、城下行きの荷車と宿を継いで戻ってきた。
降りたヤンが最初に差し出したのは、村の寄合印が並ぶ一枚だった。
「東の銃座は、|髭《ひげ》の農夫が射手。若い衆二人が給弾と弾数を交代します。空操作を二日、三発ずつの短射を四回。十二発使いました」
「残りは」
「村に三千五百七十六。二挺とも村です。一挺を使い、もう一挺は予備。《モグラ》も南西隅から動かしていません」
紙には、撃った十二発だけでなく、空|薬莢《やっきょう》を拾った数、止めた回数、銃身へ触れない手順、夜番の交替まで書かれていた。
登録運用員はヤンのままだ。髭の農夫たちは正式な兵になったわけでも、ヤンと同じ腕になったわけでもない。
それでも、ヤンがいない日に一挺を止めずに扱う順番は、村へ残った。
「待たせました」
「待ったから、呼べた」
俺は硬地作業台の二台を指した。
「今度は撃つ方じゃない。止める方を覚えてもらう」
◇
《転生およそ133日目・朝》
操縦者は二人に分けた。
小型ドーザーは、第33話で積載荷車を通した若い御者。十トン級ショベルはヤン。一台ずつしか動かさない。
誘導係は道路方の旗役一人。白旗を一度振れば一動作。赤旗は即時停止。左右や前後の指示を出せるのは、この一人だけだ。
検査係は第三荘の車大工だった。現代の重機を直せる者ではない。始動前に地面の染み、|履帯《りたい》の噛み込み、目で見える緩み、刃やバケットの接地、周囲の縄を帳面どおり確かめる役だ。分からない異常を見つけた時は、直さず止める。
ガルムは人と馬を退避縄の外へ出し、ミアは林へ耳を向ける。二人の停止も赤旗と同じ。再開は、操縦者と誘導係が互いを見てからでなければ認めない。
同乗、人吊り、バケットの下への立入り、区域外の自走、二台同時の始動は禁止した。
俺は教える。だが、作業中は合図を出さない。
「おぬしが横から三人ぶん喋ったら、運転席を空けたことにはならんぞ」
ガルムが言った。
「分かってる」
「その返事をした顔は、分かっておらん顔じゃ」
若い御者が、小型ドーザーの座席へ上がった。
エンジンを掛けないまま、始動、停止、排土板、操作ロックの順を指差す。次に俺が地上へ下り、検査係が一周し、誘導係が白旗を持つ。
低い始動音が硬地作業台を震わせた。
白旗が一度動く。
ドーザーが、半歩ぶん前へ出た。
排土板は地面から離れたままだ。二度目の白旗で下がり、砂利の頭へ触れる直前に止まる。
三度目の合図で、若い御者は旗役を見失った。
すぐに足を止め、排土板を接地し、操作をロックした。
俺なら、旗がどこへ移ったか探しながらもう少し進んでいたかもしれない。
「なぜ止めた」
「見えなくなったからです」
「それでいい」
動かせたことではなく、見えない時に止めたことを合格欄へ書いた。
次はヤンだった。
十トン級ショベルの旋回域を縄で空け、腕を畳んだまま一動作ずつ確かめる。ブームを上げる。止める。アームを引く。止める。バケットを巻く。止める。
ヤンは第12話で《モグラ》の合図役をした時の順番を覚えていた。それでも、座席から見る距離は違う。空のバケットが白杭へ近づきすぎる前に、検査係が赤札を上げた。
ヤンは手を止め、バケットを接地した。
「まだ杭まであります」
「検査係が止めた。距離の話は、降りてからだ」
ヤンは一度だけ口を結び、それから操作ロックを掛けた。
地上で測ると、杭までは残っていた。だが右の履帯の下で、角石が一つ起きていた。動かし続ければ、機体がわずかに傾く。
車大工は石を直せなかった。石工を呼ぶべきだと書いた。
それも、正しい点検だった。
昼までに、二人は白縄の中だけを前進、停止、接地、ロックできた。単独で道路を走れるわけではない。別の区画も、別の作業も許可していない。
俺が地上で監督し、誘導係と検査係が揃う時だけの、期限付きの鍵札だ。
それでも二台の運転席から、俺は降りた。
◇
《転生およそ134日目・朝》
飲用水候補一号孔は、昨日の重機訓練場から離れた浅い窪地に置いた。
第32話で地盤を比べた三つの試掘孔とは、番号も目的も別だ。今度は飲み水を探す。
牧草地の女、水路番、道路方、井戸掘り組が、二か所だけの試掘と原状埋戻しへ印を置いた。水が使えた場合の土地、設備、取水、通行、維持も、先に分けた。
土地は女のもののまま。使える水が出た時は、第三荘の住民と道路作業班が、日中、印を付けた近道だけを通って無償で汲める。商会は水を売らない。渇水、汚れ、境界越えがあれば水路番か土地持ちが止める。
便所、家畜、燃料置場は、水の流れる下手へ離す。俺の単位なら最低三十メートル。手を洗う水と飲み水の桶も混ぜない。
井戸掘り組は細い掘り棒を継ぎ足した。十トン級ショベルは深い縦穴を掘らない。ヤンが動かすのは、表土を別置きし、掘り出した土を人の足元から退け、浅い排水を作るところまでだ。
ヤンが最初の掘土箱を移した時、検査係の赤札が上がった。
右の履帯から少し離れた測り杭が、指二本ぶん沈んでいる。ヤンはバケットを接地し、操作をロックした。俺の手は一度、運転席の手すりへ向かったが、旗役が出した後退の白旗を見て止めた。
ヤンはまっすぐ硬い地面へ戻り、エンジンを切った。その後で、浅い排水の縁が音もなく崩れた。人が入る深さではない。それでも、赤札が遅ければ履帯の片側を取られていた。
「止めたのは、正解です」
俺が言うと、車大工は首を横へ振った。
「儂は直しておりません。違うと書いただけです」
「それが検査です」
機械を直せない者でも、昨日と違う地面は止められる。
半日後、一号孔から上がったのは、黒い粒の混じる水だった。
腐った草の臭いがある。汲み出しても戻りが遅い。
「使いません」
水路番は、俺の顔を見る前に言った。
同意する。
一号孔は元の土で封じ、番号杭へ不採用の黒札を付けた。水が出たことと、水場ができたことは同じではない。
AP表示も出なかった。
◇
《転生およそ135日目・昼過ぎ》
二号孔は、牧草地の女が「雪の後も草が先に立つ」と言った高地側へ移した。
ミアは地面へ耳を近づけたが、聞こえるとも聞こえないとも言わなかった。水路番は地面の傾き、井戸掘りは土の湿り、女は夏の草を根拠にした。
一つの耳で決めず、四つの別の印を重ねた。
若い御者がドーザーで表土を薄く分ける。誘導係の白旗一回につき、一押しだけ。検査係が油の染みと履帯の石を見ている。俺は白縄の外に立った。
次にヤンが十トン級ショベルで掘土箱を移した。人が吊荷の下へ入らない位置へ下ろし、バケットを接地してから、井戸掘り組が細い孔を深くした。
丸い砂利が上がった。
掘り棒を抜いた孔の底へ、水が溜まり始めた。
一度汲み出す。戻る。
二度目も汲み出す。さっきより早く戻る。
三度目の水には、黒い粒も、油の膜も、腐った臭いもなかった。
それでも、まだ飲まない。
井戸掘り組は孔壁を崩さない筒と水を|濾《こ》す小石を入れ、上部を締めた粘土で塞いだ。地面より高い井戸口、板蓋、周囲の敷石、汲みこぼしを下手の浸み込み溝へ逃がす浅い排水を作る。
そこで目録を開いた。
【手押しポンプ・井戸用:200AP】
【水質検査キット:300AP】
「両方購入する」
【500APを消費しました】
【現在残高:2,345AP】
木箱で届いたポンプを井戸掘りと車大工が取り付けた。俺は接続と逆止めを教えるが、木の台座と雨仕舞いは二人の仕事だ。
最初の濁りを大桶へ出す。井戸水へ戻さず、排水の行先を確かめて捨てる。水位が戻るまで待ち、また汲む。それを繰り返した。
検査キットは、調べられる範囲で飲用不適を示す反応なし。
安全が永遠に証明されたわけではない。季節が変われば水量も変わる。最初の間は、飲む分を煮沸し、濁り、臭い、油膜、腹の異常を水番の帳面へ残す。
水路番は、供用札へその条件を書いた。
◇
《転生およそ136日目・朝》
夜明けの最初の汲み出しでも、水は戻った。
水番が一|椀《わん》を煮沸し、蓋をして冷ました。水質検査の札、二度の夜間回復、排水の染み出しが牧草地へ戻っていないことを確かめる。
俺はその椀を、牧草地の女へ渡した。
「なぜ、私に」
「ここは、あなたの土地です。水を買った印でも、土地を譲った印でもありません。最初に使う人を、俺が決めたくない」
女は水路番を見た。
水路番が頷く。
女は一口だけ飲み、椀を両手で持ったまま、井戸口と排水溝を見た。
「冷たい」
それだけ言って、供用札へ最後の印を置いた。
第三荘の共同水場。住民と作業班が無償で使い、水番が朝夕に確認する。土地と水の管理権は移らない。商会所有のポンプは試験貸与。一般道路も、恒久の通行権も生まれない。
札が掛かると、待っていた女たちが桶を一つずつポンプの下へ置いた。誰も最初の水を取り合わない。汲む者、蓋を戻す者、こぼれ水の溝を見る者へ自然に分かれた。
【インフラ提供:第三荘共同水場】
【+5,000AP】
【現在残高:7,345AP】
【累計獲得:107,715AP/システムLv4】
五千APが入った。
目録には、M2重機関銃が六千。十二・七ミリ弾は一発五AP。二百発なら千。合わせて七千で、残りは三百四十五になる。
買える。
だが、射界、三脚を置く地面、射手、給弾、発砲命令がまだ一枚になっていない。水場の横へ、値札だけで銃を置くわけにはいかなかった。
俺は目録を閉じた。
硬地作業台では、若い御者がドーザーの排土板を接地し、ヤンがショベルのバケットを下ろしている。誘導係の赤旗が下がるまで、二人とも席を立たない。車大工は、今日の染みと緩みを帳面へ書いていた。
俺は、どちらの運転席にもいない。
運転席を空けた日に、守るべき場所が一つ増えた。
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※ここから下は「あとがき」欄に貼る部分。
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【第34話 収支(AP)】
期首 2,845
収入 5,000
支出 500
期末 7,345
累計 107,715/システムLv4
【第34話 現地通貨】
期首 自由金 銀貨26枚+銅貨12枚
収入 0
支出 0
期末 自由金 銀貨26枚+銅貨12枚

