
ニュースの概要
2026年3月11日で、東日本大震災の発生から15年を迎える。
2011年3月11日、午後2時46分。東北地方太平洋沖でマグニチュード9.0の巨大地震が起き、沿岸部を10メートルを超える津波が襲った。福島第一原発ではメルトダウンが発生し、大量の放射性物質が放出された。
震災関連死を含めた死者・行方不明者の数は2万2000人を超える。そして福島県からは、2025年11月時点でいまだ2万3000人以上が県内外へ避難を続けている。
高市首相は3月6日にメッセージを発表し、「震災の教訓を風化させることなく、防災庁を今年中に設置すべく準備を加速する」と述べた。
僕はこう思う
15年経っても、この震災は終わっていない。
当時中学生だった僕も、テレビで繰り返し流れる津波の映像を見て、ひたすら怖かったのを覚えている。
あれから15年。道路や鉄道など目に見える復旧は進んだと言われる。それでも、震災前の暮らしに戻れない現実が、今この瞬間も続いている。
先日、防災庁の設置法案が閣議決定された。防災庁を作ること自体は必要だと思う。ただ、「作りました」で終わったら意味がない。
三菱総合研究所のレポートを読んで考えさせられたのは、復興で大きな壁になったのが「どんな街を目指すのか」というゴールをみんなで共有することの難しさだった、という点だ。復興のゴールをどう設定するかは、次の災害でも避けて通れない問題だと思う。
南海トラフ地震がいつ起きてもおかしくない今。高市首相のメッセージでは、防災庁は発災時から復旧・復興まで一貫して担う司令塔だと言っている。住まいや仕事、地域とのつながりをどう立て直すかまで、しっかり仕組みに組み込まれることを願いたい。
僕は被災地から遠い場所で暮らしている。自分みたいに直接被害を受けていない側は、時間が経つとどうしても日常に流されて、記憶が薄れてしまう。でも、いまも避難が続き、行方不明のままの人がいる現実を知ると、他人事にはできない。
まとめ
いまも元の暮らしに戻れない人がいる。まだ見つかっていない人もいる。
防災庁の設置に向けて動き出している今だからこそ、3月11日を過去のニュースで終わらせず、避難経路の確認だけでなく「命を守ったあとの生活をどう乗り切るか」という備えまで、改めて見直す日にしたい。
参考・引用
- NHK「東日本大震災・原発事故15年 特集サイト」 https://news.web.nhk/newsweb/sp/pl/news-nwa-topic-nationwide-0000019
- 首相官邸「東日本大震災の発生から15年を迎えるに当たっての高市内閣総理大臣メッセージ」 https://www.kantei.go.jp/jp/105/discourse/20260306message.html
- 三菱総合研究所「東日本大震災から15年 防災庁は『平時からの復興政策』を」 https://www.mri.co.jp/knowledge/opinion/2026/202603_1.html
- 福島県「避難者数の推移」 https://www.pref.fukushima.lg.jp/site/portal/hinansya.html

